フランスの黒人


エッフェル塔の下から天辺を眺めている・・・。 鉄格子の間から漏れる青い空の光がたまらなく美しい・・・。 「シャンシャン」という鈴のような音と共に貧しそうな黒人がエッフェル塔のミニチュアを売りながら歩いている。

ひとりの限りなく真っ黒に近い黒人が僕の前で立ち止まり、美しく丸い目で僕の目を覗き込んでいる。手には丸く大きなリングに何個も繋がれたエッフェルのミニチュア。 それを上下に振りながら「シャンシャン」と音を鳴らしているのだ。

僕はその黒人を無視しているが、黒人は僕の心の中を見るような美しい目で僕の目を見続けている・・・。 


何ていう目で見てるんだ・・・。


この目は本当にヤられるよな・・・。 黒人の目力というのは、韓国人、中国人が重要としている攻撃的で鋭く華麗に相手を魅了する目力とは逆であり、丸腰なのに恐ろしい破壊力を持っている・・・。 


つまり、この黒人の目力は、「愛」を生む・・・。 一方韓国・中国の目力は妖艶であり結果として「偏愛」を生んでいる気がする。

しかし、巴里という世界は「偏愛博物館」のようなものだ・・・。 その中に現れた黒人は天使なのか・・・。 

この街の天使は「黒人」なのか??

そういう論理が僕の中で肥大化し始めた・・・。 妄想にふけっている間に黒人は立ち去り、河崎君ともはぐれてしまった。 お互い携帯持ってるから大丈夫だけどね・・・。

河崎君も難なく見つかり、一緒に目の美しい黒人を探している。「あの黒人から買いたい・・・。」パリに来てからずっと感じていることがある・・・。 黒人の美しさだ。 ニューヨークでは感じることの出来なかったパリの黒人の美しさ・・・。

パリの黒人女性はスタイルがよく、コ洒落ていてなんともいえなくモーレツセクシーだ。 その黒光りする肌に触れ、その濡れた唇を触りたくなるほどだ。 こんな気持ちになったのは初めてだ・・・。 黒人とハ*たい・・・。(オイオイ脱線しすぎだろ)

時計を見ると6時50分近い・・・うう・・・あの黒人は見つからない。 セレブ女性が待ってるし・・・二人はエッフェルの前でタクシーを拾い、エリゼ宮の近くに向かった。

飛ばしてくれTAXI!! リュックベッソンのTAXI並に!!!

パリの空の下



僕と河崎君は「じーーっ」とオランジュリー美術館を舐めるように鑑賞した。 そろそろ出ないと女性の家に行く「7時」に間にあいそうもない・・・。 しかし、興奮して血が登った頭を急速に冷ますことなんてできやしないのだ・・・。

何故ならこの美術館には・・・名前を書くのも恐れ多い先生方である・・・モネ、ルノワール、モディリアニ、セザンヌ、ピカソ、ユトリロ、ルソー、ドラン、シスレー、マティス、ゴーギャン・・・などマジで、マジで凄い人々の画が


ドーーーーーン



と置いてあるのだ。


シスレーとユトリロ・・・ユトリロにパリを夢見させられ、シスレーとモネに印象派の極意を叩きつけられた・・・。 そしてセザンヌ・・・。(河崎君はモディリアニとピカソに痺れているようだ・・・やはり芸術は見る人でかなり評価が異なる生き物だ・・・)

もう、これほどの名画が自分の前に一気に現れると凄い状態になる。感性を無茶苦茶に掻き回されるのだ・・・

全てを見終わった僕らはコンコルド広場に立っている・・・。 もちろん放心状態だ。

早く言えばFUCK「された」感じだ。 AV女優が最後にうつろなカメラ目線で言葉にならない言葉をモニョモニョ言っている「あの状態」に限りなく近い。

よだれを垂らしたような顔のまま、エッフェル塔の方へ歩いている。 セーヌ川・・・。 パリで一番美しい橋、アレクサンドル3世橋を渡りながらアンヴァリッド(ナポレオンの墓)を眺めている・・・。



パリの空の下、我々は完全に打ちのめされた。



ハッキリ言って今までパリを「ナメて」いた。 パリが「ここまで」だとは思っていなかったのだ。 僕と河崎君・・・二人はアレクサンドル3世橋の上でセーヌを眺めながら、もうどうしようもない気分になっている。


上質を知ってしまったのか・・・。



二人は「凄い」と形容するだけでは物足りないのに、とにかく「凄い」と言い合っている。 言葉になるはずがない・・・。 あんなものを見たのは生まれて初めてだもの・・・。

エッフェルが大きく見えている。そちらに向かって歩いているが・・・そうか・・・このアレクサンドル3世橋から少しエッフェル寄りの地下道でダイ アナが死んだんだったな・・・。 ニュース速報を見た時、遠い外国の話しながら、ショックを受けたのを覚えている。 その「遠い外国」を今自分の足で踏み しめている。 ダイアナが死んだこの場所を・・・。

二人はそんな「凄い街」をもくもくと歩き始めた。プジョー207が石畳の上を走っている・・・。 エッフェル塔が近くに見えるのに、なかなか近づ かない・・・。 ついにエッフェルは建物の陰に隠れて見えなくなってしまった・・・。 それでもエッフェルの方向に歩いている・・・。 

気付けばモンマルトルから凱旋門、コンコルド、エッフェルまでずーーーっと歩いている。 直線距離で7キロか・・・遠回りしながら道を歩いているから今の時点で恐らく歩行距離10キロは軽く超えているだろう・・・。 

思えば韓国も中国も歩いて、歩いて、歩き倒して極めてきた。 そして「欧州パリ」も同じように歩き倒している・・・。 しかしパリは歩くのに適し ている。 町並みが美しく、休憩できるオープンカフェがある。 道中で例えると茶屋で団子を食べてまた道中を再開するようなそんな旅路を構築できるのだ。 まさに「東海道中膝栗毛」状態だが、我々はホモではないので・・・。

遂にエッフェル塔が目の前にズボーーーンと現れた・・・。 夏に一度溶けた後、固まったチョコのような色だ。
もっと近づこう!! 

セザンヌ

今、僕の目の前にセザンヌがいる・・・。物凄く神経質で、物凄く頑固者で、物凄くヒッキーで・・・。 とにかく芸術を爆発させた人だ。

ところで僕は芸術の為の芸術が嫌いだ。

かつて僕が好きなセザンヌはこう言った。

「自然を円筒形と球形と円錐形によって扱いなさい。自然は平面よりも深さにおいて存在します。そのため、赤と黄で示される光の震動の中に空気を感じさせる青系統を入れる必要性があるのです。」


これは凄い言葉だと思う。 「目の前の世界や他者の芸術、そして周囲のウザい奴等に私は窒息してますよ」と言いたいと僕は解釈してしまう。


よく想像して欲しいのだけど、この言葉を聞くと、彼が自分の目で色んなものを見ながら、世界をバラバラに分解して、それらを愛撫しながら絵の中に再構築している様子がよくわかるのだ。

つまりセザンヌは社会に生きているのではなく、自分の体内で息をしていて、自分の外で窒息しているような気がする・・・。

全ての画を見ていて分かるが、セザンヌの絵には入っていけそうな気がする。 これは、セザンヌが「これなら入ってもいいよ」という世界に対する願いを込めて描いているからではないだろうか・・・。



それを感じるとき・・・芸術に泣けてくるのだ。 


つまりセザンヌは社会を自分の理想に変えることによって、そこに住みたがっているような気がする。 そして僕はセザンヌの絵の中に住みたがっている。



物凄くこの人の気持ちが分かる気がする。 社会って本当に窒息するよな・・・。 クソったれの世の中だ・・・行くぜロケンローって感じ。


セザンヌはよく、キュビズムやフォービズムの親の様に言われる。

しかし僕は全く違う事を感じている。

セザンヌは芸術を至上とした考え、または画家の苦悩逃れによる快楽描画の言い訳に利用されただけだ・・・と。

なぜセザンヌが利用されやすかったかというと、彼の特徴である「社会性のなさ。つまり悪く言えば人格破綻」が快楽描画という「楽」の芸術を論理付ける為に最適だったからではないだろうか?

しかし僕はセザンヌの画を見ながらそれを物凄く悔やむ。


この人は決して「楽」を描いていない。


キュビズムが嫌いと僕はいつも言う。 しかしピカソの絵は好きだ。 これを矛盾という人は言えばいい。 僕はピカソのキュビズムに感心するが、これらは生きる苦悩を描いていない。 つまり、人間性に背を向けた芸術とはこのことだ。 



僕は芸術に愛を求める。



キュビズムに心を掴まれる事はないのだ。 もし心を掴まれているのならば、それは自ら画を描く人間だけだろう・・・。

今はこう感じているのだ。 セザンヌの絵の前で彼の複雑な愛の結晶に涙が出てきたのだ。

モネ

ミュージアムパスをスーツ姿の黒人にかざすと「どうぞ、どうぞ旦那!!並ばなくていいんですよ、コイツらビンボーなアメリカ人団体観光客とあなた方は格違いです!!」ってな対応。 

もちろん並ばず、胸を張り、団体客の横を薄ら笑いで中に入ってゆく。まるで高須クリニックの理事長のような気分だ。

日本語ガイドを耳に掛け、いざ睡蓮の部屋に入る・・・。 ちょっと待って・・・緊張する。 モネが目前とか、夢じゃないの?? 本当に河崎君には悟られたくないけど、ドキドキして凄い状態だ。 入る前から「生きててよかった」と思っている。 

実はこの美術館、1999年8月から改装のため休館が続いていた・・・しかし2006年5月、長きの沈黙を破って再オープンした・・・。 もし6 年早く来ていたら見れなかったのだ。 そんな事を考えると本当にこの時期にパリに来てよかったよ・・・。「印象派」好きなら失神する程の美術館・・・モネ が死ぬまで筆を入れ続けた睡蓮・・・。(本当に泣けてくる)

ゆっくりと第1の部屋に入った。 もぅため息しか出ない・・・。
滲み出そうな熱い涙とため息だ・・・。


本物の睡蓮の前に立っているなんて。 本当にもう言葉にならない・・・。 印象派が好きな人なら分かると思うが、この光の表現、この画を超えた瞬 間の描写力・・・。そしてこの愛に満ちた魂震わす筆の動き・・・。 もぅ、これは地球のものではない。 人間はこういうことが出来るのだ。息苦しいほどの 嬉しさに包まれている。

今、モネの睡蓮に包まれている。 恍惚といえば良いだろうか・・・。 それ以上ならば何と表現すれば良いのか・・・

モネはオランジュリーに対し、「自然の陽光が充分に入る美術館にして欲しい」と望んでいた。 この画の発色は「陽光」で見て欲しいとモネが言っているのだ。

オランジュリーは改装され、充分な陽光が射している。



ちゃんと見えているよ。 モネ先生・・・。



この美術館、睡蓮だけではない。 下の階に降りた僕と河崎君・・・。当たり前ではあるがお互い微妙に芸術観のツボが違うので、画を見るときは別行動をしている。 こういうものは自分のペースで見るものだ。

互いに鑑賞しないのがフランス式。

オーガズムに達した後の僕の目の前に、更に追い討ちをかけて僕を刺激する恐ろしいものが現れた・・・。 口が開いてしまった・・・。 まさか・・・まさかここで貴方に会えるとは・・・

僕は心の準備が全く出来ていなかった。 突然殴られた感じでよだれを垂らしそうな放心状態で立ち止まっている・・・。


せっ・・・セザンヌだ・・・。

コンコルド広場


シャンゼリゼを1.5キロ程歩いただろうか・・・。 インフォメーションセンターの建物を発見。 モナリザが微笑むミュージアムパスを買った。

5000円位するのだが、これを持っていれば2日間限定でパリの様々な美術館入ることができる。 しかも「並ばず」にだ。 こうやってジャポネーゼらしく"金にものをいわせて突き進む"のも愉しいやん・・・。

早速パスをポケットに入れ、コンコルド広場に向かって歩いている。 道の途中に、簡易観客席のようなものが作られている・・・。 何だろう・・・。

河崎君「すーちゃん、これはきっとツールドフランスの観客席だよ」 

そうだ・・・ツールドフランスのゴールはシャンゼリゼだと聞いたことがあったような・・・。つまり一番盛り上がる場所がここなんだ。

ついに僕たちはコンコルド広場に立っている・・・。

ついに近代フランスの中心地に立った・・・。 ここは、革命広場。 ルイ16世とマリーアントワネットが首をはねられた場所だ。

広場の中には紀元前にエジプトで作られた「オベリスク」が堂々と立っている。 これは1833年にフランスに持ち出されたらしい・・・。

色々と考えながら広場を眺めている。 なんだか血生臭く感じるのだ。ここで革命中何百人もの人の断首が行われている。 ああ、血生臭い・・・。 想像しただけではやく立ち去りたい。

チュイルリー公園に到着し、オランジュリー美術館が現れた。 ここは我々が尊敬する「モネ先生」の睡蓮が見れる美術館だ。 

今まで夢に見てきた「ここでしか見れない美」を今から生で見ることになる。 最近、何を見ても興奮しないのに鼓動が早くなってきた・・・。 

えっ??本当に?? 本当にモネが見れるのか?? そんな馬鹿な・・・。 夢にまで見たモネの「生絵画」が目と鼻の先なんて・・・そんな馬鹿な・・・。 マジで見れるのか?? 


オイオイかなり緊張してきたよ!!!!!!! やっべーよ。

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