料理研究家 ホンシネ先生とは -第3章-

料理の実力はもとより、エンターテイナーとしての天才的な振る舞いにより、料理研究家として、韓国では誰もが認める最高の評価を得ており、現在も不動の人気を誇っている彼女。 実は私も殆どの著書を持っている…。

その影響力は韓国のみならず、ベトナムのVTV3、英国BBCなども、彼女のドキュメンタリーを作り、それぞれの国で大きく紹介した。彼女は国家を背負い、韓国代表の料理研究者として、国際的な活躍も見せている。

このように華々しく文化人のトップ、そしてエンターテイナーとしてもスターに登りつめた彼女だが、もともとの性格は少女時代から全く変わっていない。「身のまわりの大切な人たちに、自らの手で体に良い食事を作って一緒に食べたい」ということを常に願う、そんな謙虚で素朴な人なのだ。 ここまで登りつめた彼女なのに、何故小さな食堂を開く必要があるのだろうか…と誰もが感じたことだろう。 
 

逆に私は彼女が作ったレシピを食べれるチャンスだと思い、思いっきり興奮していたが…。
その頃の彼女は私に「食堂が出来るのよ期待してね!! 期待して!!」と言い、なんとも嬉しそうだった。

そう、彼女はどうしても大衆の中にいることを願う人だった。

その切なる想いは叶い、2013年9月27日新寺洞(シンサドン)の住宅街に「サルカゲ(米のお店)byホンシネ」という大衆食堂をオープン。(2016年にて閉店したが、サルカゲで提供していた米をプロデュースし、現在現代百貨店 にて発売中)

そして1年も経たずに、若くして某大手企業の幹部を務めていた彼女の妹分である「バリバリキャリアウーマン」、ヤン・ハリムさんが運営に加わる。


サルカゲ(食堂)のコンセプトは「外食なのに、おいしくて健康になる食堂」だった。 予想通り、健康意識の高い人々を中心に共感を得て、オープンからわずか1年で大ヒット店となる。その頃、私が訪ねて行くと、夜なのに、ほぼ満席だった。 彼女は「1日100食限定にしたのに、お客さんがいっぱい来てくれるようになったのよ、あぁとても嬉しい…」と満面の笑顔で語りつつ、嬉しそうに「見て」と言いながら、精米機を指差した。 ここで扱う主役は屋号が物語る通り「米」だ。 使用する米は自家精米の五分精米。 一口…、口に運ぶとすぐに分かる独特の香ばしい風味と甘い味…。 ホンシネさんが「何を食べる??」 と聞くので、僕は迷わず「お肉が食べたい」と言った。

出て来たのは韓国で大人気の肉メニューの代表格「LAカルビ」だ。 LAカルビという名称には諸説あるが、有力なのは"Lateral Axis"の、頭文字をとったものであり、骨と垂直に切っているという意味だ。通常のカルビの切断方法は肋骨に肉がついている状態だが、垂直に切ることにより、肉の真ん中に骨が来る。ホンシネさんが直接フライパンを振って作った料理はもちろん最高だった。 ソウルだけではなく韓国各地の名店を訪ね歩いた私が、いままで味わったことのない、究極の美食に舌鼓をうった…。

食堂の前では常にお惣菜も売られており、近所のおばちゃん達があっという間に買っていき、いつも品切れ状態になっている。

彼女は自身の食堂にて、料理を直接味わった人々と気さくに言葉を交わし、みんなの「食生活のこと」や、この店のレシピとの出会いをきっかけに「食に対する考えが変わった人々」の言葉を数多く聴いている。 そして彼女は「飲食事業そのものの重要性」に対して、さらに深く悟ることになっていくのだった…。

2014年10月6日には、2番目のレストラン 「ソルト(Salt)」をオープンし、これも大きな人気を博す。

名シェフのWater氏が厨房に立つ韓国の食材を使ったイタリアンレストランだ。 

使用する主役の「塩」だが、こだわりを持って、韓国の「土板塩」を使用している。「土板塩」といわれても日本人の多くはピンとこないだろう…。

 

これは天日塩の一種であり、製造過程で塩田における塩板に何も敷かず(通常は木枠等の中で作成される)、干潟(ひがた)の上で8年間の歳月をかけて「にがり」を抜く工程を経て生産されている。

 

これぞまさに韓国の伝統方式に則した完全天日塩。 干潟の中にあるミネラルが塩に入り込み、味はもちろん、栄養価も格段に高くなっている。

 

ソルトの食事も味わったが、やはり美味い。 すごく至近距離の隣の席でJYP(パクチニョン)とヨン様夫妻が誕生日パーティーをしていて、結局一緒に食事をすることになったのだが、ホンシネさんが表現する至高の洋食に感動しつつ、飲食のことのみベラベラ喋りながら食べていたので、ヨン様達から不思議がられてしまった。

彼女は常に言う。「食べることが世の中で一番重要だ」と。

食べるという事は、物理的にその人の身体を構成する事であり、食べてこそエネルギーが脳に行き、その人が創意的に活動できるようなるからだ。

続けて彼女はいつもこう言う。

「何を食べるのか、それがその人を作り、何を食べるかにより人生が変わる」

その言葉とともに、多くの人々を元気にしたいと願う、そんな彼女の活動を見守りつつ、大いに期待したい。
大韓民国の食の女神ホンシネ先生。 ファイティン!!


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料理研究家 ホンシネ先生とは -第2章-

それが、2007年5月に出版された彼女の最初の本である「美味しくなければ、申告してください」だった。(この本のヒットにより本自体もシリーズ化される)

出版社の読み通り、この本は大きくヒットした。

韓国からの熱いオファーを受け、それを無視できなくなってきた彼女は、活動の舞台を韓国へと移しはじめ、フードスタイリスト、そして料理研究者の道を歩き始める事になる。この頃、ソウルの三成洞(サムソンドン)に、小さい料理作業部屋「ナインスパイス」を開設し、彼女の名声を聞きつけた人々に対して料理に対する講義を始めた。(後に、このナインスパイスが数多くの某超大手フードチェーンのレシピを手掛けることになる)


やはり、これこそ彼女が光り輝く天職だった。


彼女はニューヨーク生活時代の10年で、既にマンハッタンにキャンパスを置く「ニュースクール大学」でフードスタイリングを修めていた。さらに帰国後、あの韓国の名門、延世大学大学院を卒業し、学業と並行しながら韓国で出版される数々の出版物に関わり、本格的にフードスタイリストとして活躍し始めた。

フードスタイリングの仕事が順調な中「TVN放送 オク・ジュヒョンのライク・ア・バージン(トークショー)」というテレビ番組で初めて「放送フードスタイリング」というものを始める機会を得た。 放送の中で使用される料理をつくり、美味しく見せるという一見華々しい仕事。 しかし実は非常に大変なものなのだ。 事前に食材料を吟味し、芸能人が現場に入る数時間前から料理を用意、美味しく見えるようにスタイリングする…。

その当時、韓国芸能界の中では「放送用の食べ物」に対して奇妙なジンクスがあった。「放送小道具として出てきた食べ物を食べれば、3年間運が悪い」というジンクスだ。しかしながら、何故かしら本放送に携わった全ての芸能人・演出陣は、彼女の料理であれば完食してしまった。「ホンシネが作る料理は本当に美味い」と芸能界・演出陣、及び関係者の中で、それが伝説のように語られ始めた。そして彼女は精力的にバラエティ番組、ドラマ、映画等、数多くのフードスタイリングを手がけ始めた。
 


確かな実力と天真爛漫な人柄、さらに天が二物を与えてしまったとしか言いようがない「彼女の美貌」も含め、演出陣たちは彼女の一挙一動に注目し始めた。そして彼女が関わった映像作品は次々に高評価を受け、関係者の多くは「彼女の苦労があってこその成功だった」という評価が広まる。 次第に、業界の中では「影の立役者」として注目を浴び…

ついに彼女自身にスポットライトが照らされた。

フードスタイリストとして作業をする姿のドキュメンタリー、さらにはインタビューが制作され韓国の地上波で放送されたのだ。

それから、彼女は数々の放送に出演することになる。 この時点では「大韓民国一のフードスタイリスト」と呼ばれていたが、ここからテレビタレント・文化人としての活動が活発化する。そして彼女は大韓民国を代表するフード界のトップスターへの階段を静かに登り始めた。

SBS <モーニングワイド>

MBC <気持ちいい日>

国営放送 <生老病死の秘密>

国営放送 <イキイキ情報通>…等、各種番組で、彼女の単独コーナーが設けられ人気を博したが、勢いはこれだけで終わらなかった。

韓国で人気が高いフード専門チャンネル

OliveTV <ホームメイドクック ホンシネ編>シリーズ

OliveTV <ホンシネの食膳ドクター>

JTBC放送 <農場特講ミラクルフード>等、自身の名前が入る「冠番組」が数多く制作され、並行して数多くの著書を残し、予想通り韓国の人々からの大絶賛の嵐を受ける事になる。

そして満を持して…
TVN放送 <水曜美食会>という視聴率・社会影響力の高い番組の中核人物としてレギュラー出演、今や、大韓民国のフードシーンに多大な影響力を与え続けるフード界の論客であり、オピニオンリーダーでもある。 (続く)


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料理研究家 ホンシネ先生とは -第1章-

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水曜美食会など数多くの番組に出演し、今、韓国で話題の料理研究家のホンシネさん。 
 
日本で彼女について紹介するページがまだ見つからないので、恐らく日本の中では彼女をよく知っているであろう「私」が率先して文を書かせていただくことにした。

これから書くのは、ソウル、ニューヨークという都市を舞台にした彼女の半生だ。

1976年韓国のソウルに生まれる。幼少の頃から、朝起きれば祖母・母親と一緒に鰹節を削る。それが彼女の1日の始まりだった。もちろん韓国において鰹節はメジャーな出汁ではない。 祖母はかつて日本で歯学を学び、終戦後韓国で活躍した医者であり、父は薬剤師…そんな幸せな家庭に生まれた。

幼少の頃はいつも落ち着きなくキッチンの中をうろうろし、炊飯器を触ったり、人知れず食材に手入れしておいたり…と飲食に対する、興味関心が非常に強い子だった。 家族旅行に連れて行ってもらっても、出てくる料理全てに感心を示し、料理法に興味を示すほどだった。

そんな彼女も小学校6年生になった。毎月のお小遣いから密かに10000万ウォン(日本円で1000円)ずつを貯金し、80万ウォンが溜まった時、欲しくてたまらなかった
1976seoul.jpg
オーブントースターを買った。なぜならば、大切な友人の誕生日に手作りのケーキを作ってプレゼントしたかったのだ。 幼少期から家族の料理を手伝いながら、「誰かに自分の手で美味しいものを作ってあげたい」と願う優しさを持った少女だった。
 
高校を卒業すると、両親が勧める音大に入ることになった。 しかし、それからというもの、彼女は「音楽を学ぶことに対する適正」というものに悩み苦しみ続ける日々を送ることになってしまう。
1996年、交換留学生としてアメリカに渡ることになるが、異国の地でもやはり音大生として、その適正に悩み苦しむ日々が続く。そんな中、彼女はニューヨークで一人の男性と恋をし、若くして主婦となった。

その縁でもあり、ここから10年以上に渡りニューヨークでの生活が始まる。

しかし時間が経つにつれ、郷愁の念は強くなっていくものだ。
韓国、そして幼いころから愛してきた「韓国料理」を想う気持ちは次第に大きくなるばかりだった。
彼女が本当にやりたかったことは何だったのか…ニューヨークでの生活は食材料の調達も難しい中、彼女は全ての困難の中で覚醒した。


「私が本当にやりたかったことは…」


newyork.jpg彼女はお客さんを家に招待する度、得意の料理でもてなし続け、ニューヨークの同胞社会の中で「お料理上手の若妻」がいるという噂が出始めた。その頃から、インターネットに自身のホームページ「ホンシネドットコム(www.hongshinae.com)」を開設、自作レシピとニューヨークにおけるレストランの評価、彼女が愛する食器の話などをアップし始める。

そもそも「ホンシネドットコム」はニューヨークの同胞社会に向けて作られたものだった。

彼女のレシピを見た韓国同胞社会の人々は「ホンシネのレシピは凄く正確だ」と口を揃え、その噂は何故か遠い祖国、韓国にまで届きはじめた。

そして2006年、韓国本国から「料理の本を発刊していただきたい」という連絡が彼女のもとに届いた。(続く)

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2014一番印象に残った曲

毎年、何とも言いようがない良さを醸し出す洗脳ミュージックの巨星「オレンジキャラメル」だが、今年もやってくれた。 

今や、YouTube上では世界一の美女とまで言われている「ナナ」がオレンジキャラメルとして、何年もこういうレーザービームのような、ポップコーンのような、そんな雰囲気の歌を歌ってくれる事がとても嬉しい。

それこそデビュー時は韓国内で「そんなスタイルの曲は日本でやれよ」って言われたりして、冷たい目線が注がれていた。しかし曲が増えるにつれ、純粋に楽曲の良さが目立ち始めた感じがある。
最終的には韓国中が飲み込まれ、アンチの方が少なくなるという…

ザクッと言えば「大韓民国の文化をかき回した」グループの一つであることは間違いない。

子供から大人まで、微笑みながら見てしまうオレンジキャラメルの魔力っていうのは、他のK-POPには見られない独自の雰囲気。 

当初、日本のカワイイのパクリと揶揄されていたが、最終的にはそうではなかったということに気付かされた人々が多いだろう。これは「カワイイ」ではない。韓国の土壌にしか生えない「キヨウォ」だ。

orange caramel

韓国バッシング!?

まぁ、随分ブログを更新しないで・・・ まるでブログをほったらかして蒸発した人みたいですが、生きています。
ここ2年位、私事で色々と考え事が多く、パソコンを起動することも少なくなっていました。 しかし、そろそろいつもの自分に戻ろうと思い書き込みを始めました。 さーて3年前くらいのノーテンキな自分に戻りますね(笑)

書きたいこともたくさんあります。 私が文を書かなかった間に、こともあろうか韓国バッシングの嵐です。 

驚きますね。 手のひらをひっくり返したように韓国バッシングですよ。 韓国ネチズンが「日本がやっと少し韓国を意識し始めた証拠」って書き込みをしていたけど、それを見た時には本気で笑った・・・(また韓国側に冷静に言い当てられている)

少し前までは「サムソンに学べ」とか言って、いやー韓国は素晴らしいですよ・・・とか言っていて(その時はその時で私は警鐘を鳴らしていたが)、今ではナッツリターンに夢中。とにかく坊主憎けれゃ袈裟まで憎いってな感じで、言いたい放題のバカ丸出し。 日本の韓国に対する言論そのものが20年間全く成長しないこの現状は一体何なのだ・・・と思うばかりだ。

韓国の精神世界の成り立ちも、現在に至るまでの社会の仕組みも知りたがらずに、やれ国際社会で失格だとか、人間としてどうなのかとかヌかしてやがる。 

まぁ、日本だけが悪いとは言わないけどさ。

韓国がやった「韓流」自体もマーケティング的に隙だらけでクソだったからね。 まぁどっちもどっちなんだけど、まーだ韓国のほうが隣国をよく捉えとる。(日本という隣国知識の底辺と比べての話)

今の日本人がやっとる事は「無邪気な言論」とかそういうものでは片付けられない次元まで来てしまってとる。 在特会にしてもそうだ。 あれらが表に出ることは有意義だったっていう人もいるが、なんの特権も受けずに日本のために品行方正にやってきて、空気的な重圧だけ受けてたような方々も多くいるのに、あんな下品なやり方ないだろう。 下品であることが一番国家に泥を塗るんだよ。 マッチポンプならまだしも、愛国心を掲げて恥を晒しやがって。 この上品な日本を汚してやがる。

こんな事だから、「先に日本人の隣国感をしっかりしないと」この先、何も片付かないって言い続けてるんだ。 僕はそれを20年言い続けてんだよコンニャロう(笑)

このまま体たらくな隣国観を続けていたら、次は日本が世界から軽蔑されるぞ!!って事が分からんのかな? 恐らく2年後にはそうなる。 今まで韓国に対して無意識無関心だったからボロが出なかっただけで、どんどん自ら低脳アピールして自爆していっている日本のネット市民と嫌韓本を鵜呑みにするバカ。 韓国に意識を向けるなら、もっと文化的に建設的なればいい。 韓国にはすごい人たちがたくさんいるよ。 驚くほどすごい人がいる。 実際に韓国に出向いて、友達をつくって嘘でも友好してみりゃわかるさ。 人が国境という土地に縛られて生きているのではなく、愛という土地の上にしか立てないという事が。 人間なんて愛にひざまずくんだよ!! 尾崎かっ!!

てなわけで、今日のKPOPは、ナインミュージスです。 ここんところ、ナインミュージスとAOAが一番KPOPの中でワクワクさせる。 KPOPはアメリカのパクリではないんだよ。(これについては次回以降に書きましょう) さぁ、声出していくぞ!! 古くからの知韓派・親韓派ヨロブン!!

 

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