韓国バッシング!?

まぁ、随分ブログを更新しないで・・・ まるでブログをほったらかして蒸発した人みたいですが、生きています。
ここ2年位、私事で色々と考え事が多く、パソコンを起動することも少なくなっていました。 しかし、そろそろいつもの自分に戻ろうと思い書き込みを始めました。 さーて3年前くらいのノーテンキな自分に戻りますね(笑)

書きたいこともたくさんあります。 私が文を書かなかった間に、こともあろうか韓国バッシングの嵐です。 

驚きますね。 手のひらをひっくり返したように韓国バッシングですよ。 韓国ネチズンが「日本がやっと少し韓国を意識し始めた証拠」って書き込みをしていたけど、それを見た時には本気で笑った・・・(また韓国側に冷静に言い当てられている)

少し前までは「サムソンに学べ」とか言って、いやー韓国は素晴らしいですよ・・・とか言っていて(その時はその時で私は警鐘を鳴らしていたが)、今ではナッツリターンに夢中。とにかく坊主憎けれゃ袈裟まで憎いってな感じで、言いたい放題のバカ丸出し。 日本の韓国に対する言論そのものが20年間全く成長しないこの現状は一体何なのだ・・・と思うばかりだ。

韓国の精神世界の成り立ちも、現在に至るまでの社会の仕組みも知りたがらずに、やれ国際社会で失格だとか、人間としてどうなのかとかヌかしてやがる。 

まぁ、日本だけが悪いとは言わないけどさ。

韓国がやった「韓流」自体もマーケティング的に隙だらけでクソだったからね。 まぁどっちもどっちなんだけど、まーだ韓国のほうが隣国をよく捉えとる。(日本という隣国知識の底辺と比べての話)

今の日本人がやっとる事は「無邪気な言論」とかそういうものでは片付けられない次元まで来てしまってとる。 在特会にしてもそうだ。 あれらが表に出ることは有意義だったっていう人もいるが、なんの特権も受けずに日本のために品行方正にやってきて、空気的な重圧だけ受けてたような方々も多くいるのに、あんな下品なやり方ないだろう。 下品であることが一番国家に泥を塗るんだよ。 マッチポンプならまだしも、愛国心を掲げて恥を晒しやがって。 この上品な日本を汚してやがる。

こんな事だから、「先に日本人の隣国感をしっかりしないと」この先、何も片付かないって言い続けてるんだ。 僕はそれを20年言い続けてんだよコンニャロう(笑)

このまま体たらくな隣国観を続けていたら、次は日本が世界から軽蔑されるぞ!!って事が分からんのかな? 恐らく2年後にはそうなる。 今まで韓国に対して無意識無関心だったからボロが出なかっただけで、どんどん自ら低脳アピールして自爆していっている日本のネット市民と嫌韓本を鵜呑みにするバカ。 韓国に意識を向けるなら、もっと文化的に建設的なればいい。 韓国にはすごい人たちがたくさんいるよ。 驚くほどすごい人がいる。 実際に韓国に出向いて、友達をつくって嘘でも友好してみりゃわかるさ。 人が国境という土地に縛られて生きているのではなく、愛という土地の上にしか立てないという事が。 人間なんて愛にひざまずくんだよ!! 尾崎かっ!!

てなわけで、今日のKPOPは、ナインミュージスです。 ここんところ、ナインミュージスとAOAが一番KPOPの中でワクワクさせる。 KPOPはアメリカのパクリではないんだよ。(これについては次回以降に書きましょう) さぁ、声出していくぞ!! 古くからの知韓派・親韓派ヨロブン!!

 

JUGEMテーマ:エンターテイメント

ボーダレス

KARAが僕の予想を破ってリアルに日本の若者に愛されてしまった理由が解けた。 

今まで「チョンはニンニク臭い」とか言いながら、堂々と人種差別し放題だった排他的な大人たちが「第一次韓流」という子供騙しな広告手法で「コロっ」と手のひらを反し、アヘン中毒のようにハァハァしている。 


それとは違い、若い世代は韓国に対し、そして韓流に対し、冷静に距離を保っている。


その若い世代が、外来文化という「川の流れ」を冷静に眺めながらも、KARAを笑顔で受け入れた。 なぜなのか??

一つ言えるのは、日本人は老若男女問わず、踊れるノリの良さよりも断然、歌詞を求めている。 若者だって阿久悠や松本隆に心臓をえぐられ、痺れるのだ。

渡辺なつみが書く日本語の歌詞は、切ないほど日本文学なのにもかかわらず、KARAの5人はその歌詞と向き合い、正確な発音で、魂を乗せて歌い上げた。 そう、KARAっていうグループは、ただものじゃなかった。 人柄だけで武道館に立つような傭兵とは違い・・・


KARAは「韓流」ではなく、「純真」だったのだ。


KARAが一所懸命、日本の若者にコミュニケーションを求めた結果が、この大ヒットだ。 日本の若者の多くは、KARAの「伝える気」に感応した。 アンチ韓国の若者までもが心を揺さぶられたのだ。 外来文化という川は、決して氾濫してはならない。 

いつまでも青いせせらぎを聞きながら・・・これが川のあるべき姿だ。

ところで、4MINUTEは、韓国では凄い芸術性とパワーを持っているのに、日本でコケている。

「どーだ!?韓国はカッコいいだろ??」的な4MINUTE。 それ故に、日本語も聞き取りにくいし、ノリ重視の為か日本語の歌詞も全く洗練されていない。 そのように、外来文化が「氾濫気味」に迫れば、日本の若者はしらけた顔で川から離れていくものだ。 日本の若者は心の奥底で、今でも韓国文化を完全に認めたわけではない。 


早い話が、「韓流という広告のパラダイム」は、若者には通用しないのだ。


良く考えれば酷い話だが、「ビルボード上の曲」が、大した広告もなしに英語のままでも売れに売れるのに対し、「KPOP」は過剰なほどの広告に加え、さらに日本語が完全でないと土俵にも立てない・・・ これは一体、どういう事だろうか。

韓流に染まった大人たちは、「若者の米国崇拝だよ」と、簡単に切り捨てるだろが、



今の若者は米国など崇拝していない。 



これは米国文化が日本社会、そして日本人に対してインストール済みだからだろう。 インストールされた「常識」や「ルール」等、人間が生きる上でのあらゆる判断材料や価値観・・・。 何の疑いもなく我々は欧米OSで動いている。 そして、それ以外は今も尚、「非対応」のままなのだ。

若者が心の奥底で「韓国を認める事が出来ない」のは、日本が大昔に韓国文化・・・いや、東アジア「文化OS」の停止ボタンを押したことにより、「非対応」のままなっているからだろ。

「非対応」という怪しい世界の中、これまで大人たちから「東アジア差別論」というものを伝え聞いてきた。 さらに悲惨なことに、各メディアがアップデートし続ける「欧米OS」は常に「東アジアOS」とコンフリクトを起こす仕組みになっている。 アジア時代を迎えようとしている現在、日本の若者の前に立ちふさがるエラー連発の障害。

これらの障害は、決して若い世代が望んだものではない。 悲しいことに、若い世代の嫌韓も根本は「非対応エラー」という「拒絶」じゃないか。

韓国主導で韓流なんかが行われる以前に、日本は韓国や中国を正規インストールするべきだったのだ。 そうしていれば、排他的な大人が韓流に寝返るというクソ恥ずかしい姿を見ることもなかっただろうし、最初からもっと自然な心で韓国を眺めることが出来たのではないか?

能動的に「東アジア ヤミOS」をインストールするしかないこの社会は腐ってないか?  そして、差別を助長しながら、急に手のひらを返した「ファックな世代」に足を引っ張られ続ける現代・・・。 クソッタレな世の中に、現れた純真の妖精がKARAだったと思おう。

国際広告の戦略では、情報流通のボーダレス化が進むにつれ、国籍ではなく、「世代というセグメント」の中で、価値観は十分に共有できると分析されている。

僕の経験上、この分析は非常に正しいと思うのだ。 我々若い世代は、第一次韓流というアヘンに毒されたような情けない世代とは精神的に決別し、韓国や中国の若者たちと感性で手を結んだ方が、未来に向かってリアルな一歩を踏み出せるのではないだろうかと真剣に考えるのである。

知る「気」とは

「じゃーな!また飲もうぜ!! バーカ!!!! ぎゃはははは!!!」

いつも思うのだが、「国家」を超越するものは何か、という部分だ。 我々日本人と韓国人は、コミュニケーションする気さえ持っていれば、どこまでも深く、マントルあたりまでコミュニケーションが可能になってしまう。 いつの日か、多くの人々が、「その気」になることを祈り・・・。

ふぅ、また独りになった・・・。 いま何時だよ・・・22時26分か・・・。 メトロに揺られ、酔い醒ましに漢江が見たくて、玉水にたどり着き、ボーっとしている。 



今回も色々と勉強になったし、頭の中で点と線が結びついたことが多かった。 ありがとう最高のチング共。 しかし、なんで日式の居酒屋に連れて行くんだ馬鹿野郎どもめが・・・。 良く考えたら韓国に来て3日目なのに、全く韓国料理食べてない。 今回は前回のように、体中がアザだらけになることもなく、理性を保ったままだから、よしとしよう。(前回は喧嘩でもしたのだろうか??)

敏感に気付いたのだが、焼き鳥と寿司の品質が今年もまたグンと上がっている。(多分、それを評価させたくて僕を日式に招いたのだろう…) まぁ、ここまでリアルな味を出せたという事は、食文化だけでも日本をちゃんと理解してくれているんだろう・・・。 最近、ソウルの飲食店に日本人の料理人が増えたという部分もあるが・・・。 


ここ最近、日本の中でも「韓国料理」が、どんどんリアルになっていってる。


一方、日本の中国料理が、いまだに日本式中華から脱することが出来ないのは、日本人の日中交流の不足が原因なのではないかと、いつも考えている。 いまだに中国を知る気が起きない日本人・・・。

このままじゃ、日本で飲食店を経営する中国人がどれだけ「本国の旨味」を出しても、それを知りたがらないから食べたがらない。 そして結局、料理人が日本人に迎合して日本っぽい中華を出してしまう。


驚くことに、最近では何故か、韓国料理の方が中華よりも「本物っぽく」なっているよなぁ・・・。 


人は他国の文化を、自分の目で足で確認し、知れば知るほど、本物・本質を求める。 最近の日本人は、大勢が韓国に足をのばし「本当の韓国」を見て、食して、それを国内で求めた結果、こうなっているのだ。



嫌韓派を名乗る人間が「本当の韓国を知れば知るほど嫌いになる」という文を書いているのを目にした事がある。 しかし、そういう人に限って、自分の興味の対象物や、自分が考える事のできる世界があまりにも小さい事に気付いていない。 

もっとも、これから始まる「国際化の時代」において、自分自身が無価値であるということにも気づけないままなのだろう。 一旦、他国の文化を知る気になれば、それは風のように柔らかに異国の大地を撫でながら吹き、文化という大河の流れを前にして留まり、深まりながら極まる。



知る気というものは、 「感応しあう」 という事を絶対に忘れてはならない。



芸術や音楽だって、もっともっと知れば、もっともっと「リアル」が見たくなる。 そして、色々なものを見聞きしているうちに、それら全てがコミュニケーションだったという事に気付く。 そして、「心のコミュニケーション」を続けるうちに、それらの芸術、さらに文化そのものを 「守らなくてはならない」 という心が起きる・・・

それこそまさに、本質が見えはじめた瞬間なのだ。

さて、僕は、前回の大韓紀行で「韓国芸能人は、どうせ日本に来ても駄目になるから無駄だ」と書いていた。 しかし、一組のグループが、見事にそれを覆し、多くの日本人たちとコミュニケーションを始めたという奇跡を見てしまった。 

そいつらの名前は 「KARA」 だ。 何故、KARAが「知る気のない日本人」の壁を突き抜けたかという事を考えているうちに、完全に理解できたことがある・・・。

(次回はKARAから破られた日本の偏狭性)

オヒャンジャンユク

オヒャンジャンユク(五香醤肉)が食いてぇ!! 韓国人も大好きな五つの香りがする豚肉料理!!! 



ここ大文店は、永登浦では40年続く老舗の中華料理店。 オヒャンジャンユクが代表メニューで、その他はマンドゥだけで勝負している頑固な店だ。 国民的アイドルのジャージャー麺とかは出さない。 焼き飯も出てこねえ。 あくまでも頑固にオヒャンジャンユクを極めたロケンローな店だ。

 
これって、いかにも真露と合いそうだよな・・・。 



「すみません! チャミスルください!!」

このゼリーのようなものは、漢方薬と醤油と豚ゼラチンを混ぜて出来たソースのようなもの。 これを箸で切って、ちょっと乗せしながら、千切り野菜と、ニラ醤油に漬けて一口でいただく。



美味い!! いいねぇオヒャンジャンユク!! 真露のアルコールと五つの香りが溶け合い、口の中が間違いなく「韓中友好」になっている。 そして、それを食い物にする日本人!!

これは、発見だ。 日本では絶対に感じる事ができないハーモニーだなぁ。

韓国式のポッサムも本当に美味しいのだが、中国式のオヒャンジャンユクの、このさっぱりとした気品あふれるチャイニーズエンペラーのような雰囲気が本当にたまらない。

なんだかさぁ・・・、料理は民族を表しているなぁ 仰々しくベタベタと派手なのに、どこか気品を感じさせる中国。 自然派なのに激辛・コク旨な韓国。 淡泊ながら奥深く、見た目に宇宙の神秘を感じさせる日本。

真露が進むと、本当に、この東アジアを愛おしく思う心がハイパーになってきて、止まらなくなってくる。 うぃーーー・・・我々三つの国の人々は、草の根でしっかり仲良くしとかないとだめだ。 



プヒー・・・だんだん酔っぱらってきた。



しかし、日本は「韓流」ばっかり流行って、バランス悪いよなぁ。 韓流5割、華流5割でバランスがとれていたら面白いのに・・・。 日本で韓国と中国の文化が激バトルするようなプログラムも楽しそうだ。 日本人はそうやって両民族の「特長」を見て、それに自分ら「日本」というものを客観的に重ねながら、異文化の神髄を楽しめるようなれば、まさに国際化の早道だ。

テレビを見れば、一部のメディアが狂ったように中国を叩く。 まるで、キチ■イみたいな顔で鬼の首を取ったように興奮しながら・・・。 中国を死ぬほど歩き回ったこともないくせに、立派な反中が多いのは、世の中が腐っとると思うよ・・・。 世の中が腐ると、悪どい奴がポンポン出てくるって「ジャン・ジャック・ルソー」だって言ってるじゃないか。 

こんな美味い物作る国なんだぞ中国人は・・・。 ムシャムシャ・・・ こんな楽しい酒をつくる韓国も最高だよなぁ・・・。 いかんなぁ!! 酔っぱらってきたよ!!!  韓国に居るのに、中国の事までたくさん考えてしまう。 この、オヒャンジャンユクのせいだ!! 頭の中に巨大な五星旗がバサバサし、「走進新時代」が流れ始めた。



あっ!!!!! しまった!!!! 18時から「チングども」と鍾路で飲み会だった!! 何を昼下がりに酔っぱらってるんだ俺は!!

永登浦



なんだろう、あっ!! 女子高生が店の中で立ったまま、もぐもぐ食べているぞ。 串専門店?? なんだこれは?? よし入ってみよう。



女子高生は、「オバサン、タレをもっとつけて!!」と言っている。 オバサンは嫌な顔をしながら「あなた、もう口をつけてるじゃないの、口をつける前に言ってちょうだい!!」と怒っているが、そこでひるまないのが大韓女子高生。 「味が少なかったんですよ!!」 と言いながら、無言で串をオバサンに突き出して抗議している。

あはははは。 こういう光景、韓国ならではの温かい光景だよなぁ・・・。 見ていて本当にほのぼのしてしまうし、幸せな気分になる。 韓国人っていいなぁ、本当に・・・。

なるほど・・・これは長いトックを串に刺して、いろんなフレーバーのソースをかけて、焼いた食べ物なのか・・・。 これは面白い。 1本1500ウォン〜2000ウォンだ。 早速食べてみた・・・


あっ、これは、美味いぞ! 脳天を突き抜けるようなコチュと、焼き目が付いたトックのなんともいえない、大韓ハーモニー。 こういう、おやつフードが日本にも増えてくれればいいのに。 

今日は、多分大勢の人でゴミゴミしてるんだろうな・・・永登浦。 駅を出た瞬間、笑ってしまうほどの人混み・・・。

相変わらずだな、永登浦・・・。

この永登浦にはかつて陸軍第6管区司令部があり、朴正煕が「少将時代」の頃・・・



それは「少女時代」やん!!!

朴正煕が「少将時代」って言いたいのに!!   1961年5月16日、彼はこの地でクーデタを起こした。 それから大韓民国は18年にも渡り、彼の独裁政権下となる。


ムンネ公園に向かって敬礼!!!!


駅を降りると、すぐに何かのキャンペーンだろうか・・・ピカピカ輝くトヨタカローラが2台展示してある。 トヨタの社員章をつけた背広の社員が、二人でカローラを売り込むために必死だが・・・なかなか立ち止まる人がいない。 こんだけ人混みなのに、なんで立ち止まらない!? 原発事故の影響でもあるのだろうか・・・。 もしそうだったら、やるせないよ・・・本当に。

その光景をじっと眺めながら、何故か親心のようなものが湧いてきて、心の中でガンバレ! ガンバレ!! と叫んでいる。 ・・・ しかし、大韓人たちは、みんなキャンペーンを無視。 うん・・・仕方ない・・・ これが現実だよ!! つまづいて、つまづきながら、そして大きく成長すればいいんだ。
 


でも、イ・ヒョリみたいなのファッションリーダーが日本車に乗ってるのに、ここじゃ、やっぱ売れないのかねぇ・・・。(イヒョリは2台連続日本車) 最近では、たまに「レクサス」が走っているのを見ることがある。 これでも十数年前よりは随分マシになったほうだ・・・。

ここで提案だが、いっそ「レクサス」のCMを参入国同化型手法に変えて、イメージキャラクターを安重根にすればいいのだ。 そしてレクサスを買う世代にピッタリなキャッチフレーズをつければいい!!


キャッチフレーズA案

「弾丸のように走り抜ける路上の正義 レクサス」


抗議殺到・・・。 わかるよ。わかる。



ああ、何とも言えない機械油 チックな、大韓モータース的な・・・3丁目の夕日みたいな雰囲気がたまらない永登浦。 以前、チングがここに住んでいたので、この街も結構食べ歩いたものだ。





さて、目的の店に着いた。 これが食べたかったんだ・・・これが

韓国儒教

さーて、また今度来た時も、加里峰に行こう。 

結局、飯を食わなかったな・・・ そうだ、前々から気になっていたアソコに行ってみよう。 早速また大好きな1号線に乗り、永登浦を目指している。 

乗車して間もなく、無言で乗客に一枚いちまい、ビラを渡し・・・すべて配り終えた後、通路の中心に
に正座し、間髪容れずに「土下座」が始まった。 

また始まった。 大韓名物「恐怖のヘルプ」だ。
 

手紙を読めば、彼の悲痛な叫びが・・・ 韓国らしい文章の流れを読み終え、魂の土下座を眺めている。 乗客は50人ほどいるのだが、そのうち、8人が彼にお金を渡している。 僕の横に座った「いかにも大韓ビジネスマン」って感じの人も5,000ウォンを渡した。  

ちっ、ええ格好しやがって。

僕は、人差し指と中指で手紙を挟んで返しただけだった。(若くて五体満足なら、土下座なんかせずに働け!!と考えてしまう九州男児suu)

こういう光景を見ながらいつも思うのだが、韓国ではこれらの光景が日常だ。 道端でおじいさんくらいの年齢の人が倒れていたり、ベトナム戦争の傷痍軍人で足がちぎれている人が這い回ってトロットを歌ったり・・・

そんな人々に対して韓国の一部の人々が、いちいち気にかけて、声を掛けたり、お金を渡しているのをよく目の当たりにする。 


これは、「孝」の心から生まれた「仁愛」以外の何物でもない。 


さて、我々だったらどうだろう。 よほど緊急を要すると判断されない限り、無視を決めこむだろう。 昔から我が国では特に目立つが、バスで老人が乗ってきても、ちら見しつつ知らん顔してヘッドフォンで音楽を聴きながら携帯いじってる奴・・・。 僕は営業中、そういう場面によく出くわすので、「オイ、見えてんだろ立てよ!!」って何度か言ってしまったことがある・・・。 日本が何故ウォークマンを発明したか、これで理解できるだろう。 

席を譲らなくてよくなるからなのだ。(オイオイ、それは言いがかりだ、SONYに謝れ!!)

悲しいが、こういうのを頻繁に見てしまうということは、日本社会で「孝」が崩れ「仁」に影響がでているとじゃないのか・・・と思ってしまうのだ。 こういう、当たり前のルールが守れないから、どんどんアジアが遠くなっていくのだ。


しかし、そんな日本人だが・・・日本人の特性がはっきりと表れたのは、この度の大震災だった・・・。


「国家の危機」に全員が一丸となる、日本の基本性質である「忠」がハッキリと発動し、大規模な募金活動、慈善活動、そして沈着冷静で秩序正しい行動が広く行われた。(日本が日本であることが証明された瞬間だった) 


これらを見た韓国は 「うぁっ!! やっぱり日本だ」 と思っただろう。


一方、韓国人の心を揺さぶるのは、もっと小さくて、もっと大きな世界「ウリ孝」の部分じゃないかなと思う。 やっぱり、韓国人は常に儒教的なぁ・・・と思うのだ。 だから両親を亡くし、兄弟を思いやるこの土下座少年を「孝」の延長線上にある「社会問題」ととらえ、放置できないのだ。 さらにいえば、この土下座少年が自殺してしまった場合、「鬼神」として大韓民国に厄介な呪怨を・・・(そこまで考えてねぇよ)

まぁ韓国社会は「ウリ孝」によって、本当にいい社会だと思う。 しかし、いいばかりではない。 加里峰帰りの僕は、いろんなことを考えてしまう・・・。 

まず、ウリ孝には副作用というものも確実にある。 韓流ドラマに狂っているような人には到底理解できないだろうが、ウリ孝の反動は「ナムに向けての排他と虚栄心が目立ちすぎてウザい」という部分だ。 

孝の延長線上にある、社会。 そしてそのさらに延長線上にある「大韓民国」を「家族」と捉えた時点で、外国に対してああいう風になるのは、仕方ないことなのだろう・・・。 これは「韓国の伝統病」なのだから・・・。

しかし、周辺発展途上国に対して傲り高ぶる態度は将来、身の破滅を呼ぶことになるだろう。 成金ワンマン社長の虚栄心と韓国の国家ブランディングが妙に重なり、頭が痛い。 こういう社長は、よく広告を出してくれるいいお客なのだが、結局・・・ 広告会社としては未収にならないように危機管理をしているが・・・。

日本人は、韓国人のそういう部分を「違うルールで生きているんだから仕方ない」と思わなけれならないが、日本と中国が「和」を共有しているのに、韓国は・・・と思うと、何かしら手を差し伸べなくてはならないのではないかと心配してしまう・・・。 韓国が今のままでは、これからの三国の為にならないのだ。

結局何が言いたいかと言うと、自分が「土下座少年」に対して、募金しなかったことを、言い訳しかっただけなのだ!!(オイオイ最低な野郎だな)

さぁ、そろそろ永登浦につくな。

母なる混沌



加里峰延辺通りを歩いていると、パンなのか、何なのかわからない食べ物がある。 青いビニールのエプロンをかけた延辺訛りの女性が僕に「どれが食べたいの?? 中で食べることもできるから」と言いながら、僕を誘惑する。 

食べたいけど、名前も知らないものばかりが並んでいるから、正直迷うな・・・。 



油で揚げた三つ編みみたいなパン、巨大なホットクの中に油で炒めた野菜が入った食べ物、とにかく黒くて、何だかわからない食べ物、赤い電子ジャーの中に入った無数のマントウらしきもの・・・。 

なんじゃこりゃ?? 

延辺で食べた朝鮮族が作る料理は全て美味かったという、いいイメージがあるので、恐らくどれも美味いのだろうが・・・。

僕は、かつて延辺で食べたどうしても忘れられない味「羊肉串」食べたいのだ。 知っている人は必ずリピートするだろうが、あれは、あれこそは絶品だ。 延辺では、よく露店でお姉ちゃんが売っている。 しかし、加里峰には、串焼きだけの露店はないようだ。 

【下の写真はかつて中国で撮影した串焼きの露店】



店のガラス窓に書かれたメニューを見ると羊肉串と狗肉が並んでいる・・・。 狗肉と同じ「まな板」で作られた羊肉を食べたくないなぁ・・・。 まるで、「ピーナッツと同じ製造ラインで作られました」というアレルギー表記のように、「狗」の文字に対してアレルギッシュになるザ・ジャパニーズな自分・・・。 



あれっ? 昔よく見た茶房がある。 いかにも怪しい茶房だが・・・。 また興味津々だ。 中はどーなってんだよ?? と思うのだ。 堂々と入ってみると、ボックス席で、オバサンがオッサンの相手をしている。 突然入ってきた僕に驚いて、ポカーンとこっちを眺めている。

「悪りぃ、店間違えたわ・・・」と言いながら店を出たが、こういう雰囲気は久しぶりだ。 本当に、ソウルのど真ん中から殆ど消えてしまった哀愁だ。

ブランディングに余念がない「新しい韓国」は、ピマッコルや加里峰、その他多数の古き良き哀愁を捨て、「一貫したアイデンティティ」を確立しようとしている。 しかし、その「一貫した特定の文化」・・・つまり、韓国人が世界に見せたい大韓民国が、自らの母である「美しき混沌」の排除に繋がっている。

これに気付いている韓国の文化人は今、悲しみに暮れているだろう・・・。 

これらの哀愁を壊したことにより生ずる副作用を想定しているのだろうか・・・。

そもそも変革の最中では、混沌を悪の巣と考える傾向が多いが、自らも混沌から生まれたことを忘れてはならない。 枠組みの中を重視することなく、すべてを抱擁できる「大韓民国」を作るために闘争している人々もいるのだ。

我が国を含む全ての国が、朝鮮民族同士が仲良く、平等に暮らせることを祈らなければならない。 そして、国家ブランディングの到達点は、半島の無血統一と、統一後の差別なき社会の構築でなければならない。 むくげが三千里華麗な山河・・・永遠に平和が続く、美しき統一朝鮮を世界中が願って欲しい・・・

かつて延辺で出会った朝鮮族は僕に言った。


「中国も日本も、韓国もみんな同じだよ」


何度も後ろを振り返りながら、加里峰を後にした。 サランヘ延辺。

加里峰

さてと…加山デジタル団地に到着し、7号線に乗り換えている。 ここはアウトレットの店舗が多いことで有名だが、今回は無視。 どうしても行きたいところが近くにあるのだ。 いやぁ、この駅名を見ると、頭の中に一枚の絵が出てくる。



幸せだなぁ…。 

7号線「南九老」に着いた。 クンクン… んっ!? すでに、匂いが違う。 何だろう、匂いがする方に歩いてみよう。  犬のようにシッポを振りながら、歩いている。




なんだろう。さっ きまでソウルのど真ん中に居たから、ものすごいギャップだ。 まさに、朝鮮的センスで組み上げられたこの街…。 濃厚に東アジアを感じている。 無数の紙屑が散らかった 坂道を、煙草の煙を巻き上げながら降りていくと・・・ 

ここは・・・




うぁあ、すげーーーー!! まさにタイムスリップやんか!!

この雰囲気は、そう。 90年代の釜山、南浦洞と全く変わらない。 この街は時が止まってしまっているぞ。 それに、この漢方臭い香り…まさに、あの古き良き、昔の大韓だ!! 

そしてこの香辛料…

んっ??

ちょっと待て、この香辛料は違うぞ・・・。 

この香辛料は、五十六民族を抱える、あの超大国の香りじゃないか。 オイオイますます複雑になってきた。 目の前に、狗肉料理屋の看板が増え始めた。 しかも漢字だ!!

よし、やっぱり間違いない!!  ここが九老の「加里峰延辺通り」だ。



以前、大韓紀行で書いたが、僕は「第3の朝鮮」と呼ばれる、延辺朝鮮自治区の人々と触れ合いながら多くを知った。 そして延辺に行くことによって「朝鮮」というものを更に深く理解し、朝鮮民族に対する愛と尊敬が増幅された。 



そう、朝鮮に向かう僕の心に石炭を投げ込んだのが、延辺の人々だ。 

延辺の哲学に触れることがなければ、僕は東アジア全体をここまで愛せてなかったかもしれない。 

僕は本当にショックを受けたのだ・・・あの地区の人々が醸し出す「朝鮮の精神世界」は、紛れもなく「和を備えた完全体の朝鮮」であり「朝鮮の純真」だった。 




ここは加里峰洞・・・ この地は、1960年〜70年代に「ソウルドリーム」を抱えて延辺を離れた若い人々が多く住んだ場所だと聞く。  さらに、今では「コリアンドリーム」を抱えて、延辺を離れる人々が多いと「韓国のメディア」は得意げに書く・・・。 

しかし、今の韓国人の意識で書かれた延辺の人に対する、この「コリアンドリーム」という言葉は、僕にとっては非常に引っかかる。

いかにも、「韓国」is「コリア」だと言わんばかりの論調・・・(韓国だから仕方ないだろ・・・)



おいちょっと待て!!


大韓民国という国は、確かに経済発展して成功したかもしれない。

そもそも韓国が始めた国家ブランディングの発端を言えば、世界的な観点から、日本・中国と韓国を比べた際、印象が薄いという現状、さらに「北朝鮮」と「大韓民国」は、世界から見れば「同じコリア」という部分(逆に言えば北朝鮮の方が有名)がきっかけだった。 だからこそ韓国は、「世界の大韓民国」というブランドを創造し、国家戦略の足場を作りはじめたのだ。

ここで思うのだが、何のためのブランド展開だったかと尋ねられた時、「朝鮮民族全体の為」だと胸を張って言える韓国人がどれだけいるだろうかという問題だ。(僕は多いと信じているが・・・) 

大韓民国がすべてなのか?? 大韓民国だけが真実の正義なのか?? 大韓民国という国籍がそんなにも強いのか?? 必ずしも大韓民国の民主主義闘争に参加していなければいけないのか?

朝鮮民族を思うたびに、一部の韓国人による「思い上がり」が悲しくなる。

これは、韓国だけではなく、我が国も言えることだ。

過去の栄光に囚われ、「国」という枠組みに囚われすぎて、排他的な観点で世界を見つめていると、潜在的な仲間も仲間ではなくなり、最終的には簡単に「争いごと」が待っている。 我々日本人は、中国と韓国ともう二度と血を流し争ってはならない。 その為に、「和の精神」をもう一度見つめなおすべきだ。



日本の「和」、中国の「和諧」・・・そして韓国はこれからの世の中で、「仁」をどう打ち出してくるのか・・・。

悲しいが、この加里峰は2015年に再開発で消える。 今しか見ることが出来ない、この道を・・・一歩一歩踏み締めながら歩いている。

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