モルダウに抱かれて(終)

 

最後の朝が来た。 窓の外でクルクル音がするので見てみると、ハトさんだった。 なんだ、起こしてくれたのか・・・。 「ドブレラーノ・・・ジェクィ!」 

ああ・・・伸びをしながら深呼吸すると、真夏なのに清涼感のある風が喉を通ってゆく。 両手を上げた僕に驚いて、ハトは奥の建物の屋根まで飛んで行ってしまった。



フランスの煙草を一本取り出し、締まりの悪い木の扉を押し開け、プラハの空に浮かぶ雲に向かって煙をはいている。  




ホテルの中二階、アールヌーボー甚だしい空間に食堂がある。 

ボヘミアハムとパンとヨーグルトを食べ終わると、喧騒のヴァーツラフに飛び出した。 もう時間がない。 こんなに好きになった国とお別れしないといけないのだ。 

ボヘミアの聖なる河、モルダウ沿いの道を歩いている。 朝日に照らされ美しく光るこの河を目に焼き付けている。 公園に入ると大型犬を連れたサングラスの女性が「おはよう」と言いながら挨拶してくれた。 僕も笑顔で頭を下げた。

この公園には貸しボートがあるようだ。 女性にお金を渡すと、モルダウのマップを見せられ、2km.くらいの範囲ならボートで自由に散策して良いと言っている。

さっそく、モルダウにボートを浮かべ、オールに力を込め、漕ぎ始めた。

横を見ると、僕に負けたくないのか、鴨が全力で泳いでいる。 途中で足を出し、水しぶきをピシャピシャ上げ、頭を掻きながらも、僕のボートに全力で寄って来るのだ。 ボートの先に光が反射している。 ああ、僕の胸にかけられたイエズスのロザリオなのか・・・。




この国は、あまりにも美しかった。 人の心が深く、そして美しいほど、その国の芸術には磨きがかかる。 まさにこの国はそれを物語っているようだ。 


僕はこの旅で大切なことを教えてもらった。


常に人間は、未来において守りたい人の為に生きているという事だ。 つまり、1000〜2000年後の為に、今を生きているといっても過言ではない。

人が人に与える影響力、人が人に与える感動、人が人に与える直向さと技術。 人が人に贈る道徳・・・。 

その全ては守りたい人が暮らす未来の為なのだ。 そもそも「人生」というものは、自分や自分に良くしてくれた人の為だけにつかうものではない。 一般家庭で交わされる「勉強しなさい!自分のためでしょ!!」という教育的な会話を百聞してきたが、これは教育でもなんでもなかった。 「学ぶ」という事は自分のためだけではないのだ。 そして、親切を受けたら、その人に恩を同じだけ返さないといけないと思いながら生きてきた人も多いだろうが、人間はそんな「義理」だけに生きているものでもない。 

プラハに立ち並ぶ百塔、その姿は1000年の時を超え、人間の底力を見せ続けている。 ヤン・フス、ヤン・パラフは焼け焦げた姿を人々の心に残し、民族独立の精神を今も尚、見せ続けている。 偉大なものを造り上げること、偉大なものを人々の心に残すこと・・・やり方は違えど、何かを創るという意味では同じことである。



「仁」があってこそ、「義」が生きるという事を改めて実感させてくれたプラハ。 



しかし悲しいことに現在、この世には愚かな人間が多すぎる。

自分の立場を守るために弱い立場の人間を蹴落とす奴、自分の欲求を満たすためだけに一所懸命な奴、自分の沽券のためだけに詭弁を振りかざす奴、自分の不利益を避けるため道徳を逸し「正義という名の愚かな我侭」を振りかざす奴・・・。


知識も愛も表現できない権力者・・・そんなものは、宇宙のゴミといってもよいだろう。


そういう輩が、社会の中で力を持っている事、そしてそういう輩の刹那主義に殺され行く未来への希望・・・ 我々は「愚かな仕組み」の中で今を生きている。 それらを憂いながら、異国で蒼い空を眺めているのだ。


ああ、ひとつの時代が終わろうとしているんだな・・・。


ヤン・フスやヤン・パラフの大きな愛が、このチェコを包み込むように、私たちも大切なものを憂い、そして心底から愛し、変えなければならない。

やがて淘汰される愚かなる権力との決別、そして新たに生まれようとしている文明とともに我々は生きていく。 




気がつけば、ボートの中で寝てしまっていた。



さぁ、起き上がらなくては・・・旅はこれからだ。 日本に帰るのではなく、日本へ旅するのだ。 ボヘミアの祈り、そして彼らの精神とともに。

                              




迷える30代は千鳥足でプラハの石畳にけっ躓きながら思った。
「この一杯の為に生きている」ではなく、「この一杯の美味さを分かち合いたい。 頑張っている人々と」
         


                               (終)



みなさん、長い長いボヘミアの旅シリーズは今日で最終回です。 駄文を読んでくださって本当に有難うございます。

宗教論




ぶらりと立ち寄ったビアホールで、いままで旅してきた中でもっとも美味しいものに出会ってしまった。
Svickova na smetane(スビーチコヴァー・ナ・スメタニェ)という食べ物だ。 仔牛のヒレ肉の上にかかる濃厚なシチュー、さらにその上に生クリームとベリー系のジャムが乗っている。

生クリームとベリージャム・・・どういう組み合わせだオイ・・・。 チェコの伝統料理だが、いかにもちょっとした酸味を好むスラヴ系の発想だ・・・。 

モグモグ・・・ ぐぁっ!!

にっ・・・肉が・・・とろけるほど柔らかい、そして肉汁と野菜の旨みが存分に出た深く濃厚な金色のソース・・・そして、生クリームとベリーが交わり、舌の上で悪戯するほどよい酸味とマイルドな味わい・・・。

これは、これまで生きてきた中で、5本の指に入るスゴ旨だ。 間違いない。 こんな美味いものは、そう無いぞ・・・。 クネドリーキに染みこむソースとベリー・・・。 そして仔牛の肉汁・・・。 何てことだ・・・ チェコ料理・・・なんて事だ。 チェコ料理はこんなにも凄まじいことになっているのか!? 恐らく、これは日本人の多くが知らないだけで、僕は恐ろしい発見をしてしまったようだ・・・。

チェコ料理は無茶苦茶に美味い!!!

激しく感動してしまった。 横においてあるビールを飲むのも忘れてしまうくらいに美味い。 思わず一心不乱に食べてしまった・・・。 この国は本当に恐ろしい・・・。

ホールの金髪女子が早食いの僕に気付いて「日本人でしょ?」と聞いてくる・・・。「ああ、そうだよ。何故分かった?」と言うと、僕のノートを指差し、さっき書いていたのをじっと見ていたと・・・というような事を言っている。 恐らく最近のネオジャポニズムにて、ひらがなやカタカナの形を知っているのだろう・・・。 

料理を指差しながら「ところで、これは最高に美味いよ」と言うと、「よかった!! 私も一番大好きな食べ物だから!!」と言いながら満面の笑顔だ。 

巨大なジョッキのビールを飲み干し、口についた白い泡をふき取り店員に「ご馳走さん、そろそろ行かなきゃ」と言うと、女性店員たちはみんな出てきて、「チェコ語を喋ってくれて、どうもありがとう」と言っている。 何だろう・・・耳が熱くなり、立っている金髪女子たちが滲んで見えてきた。  まさか、食事に来ただけでそんな事を言われるとは思っていなかったのだ・・・。 そして、完全にあの日を思い出している・・・

そう、10年以上前に韓国で聞いた言葉と全く同じなのだ・・・。 今にも泣きそうだ・・・何故なら明日の夕方、日本に帰らないといけないのだ。 ずっとこの街に居たい。 そんな気持ちでいっぱいなのに・・・。

でも、もう時間が無い。

みんながハイタッチしてくるので、それに応じて僕も涙目でハイタッチ。 店員は「今から何処に行くの?」と聞くので「カジノ」と言った。 すると首をひねりながら「プラハ楽しい??」と聞いてきた。 

「この国とこの街がとても好きだ」と言いながら僕が笑うと、彼女たちは「私もJapan大好きだよ!!」と言っている。  ・・・なんていい子たちなんだ・・・。 そういえば、今まで日本で読んだ本ではチェコ人は愛想が悪いとばかり書いてあった・・・。 なのに、この国の人々は僕が一生忘れないくらい、親切な人ばかりだった。 所詮、旅なんて来てみないと分からないものなのだ・・・。 今、またそれを実感させられている。 



かつて韓国で感じていた、普遍的な人間の「善」を、遠く離れたヨーロッパの、この街が再認識させてくれた。 僕はこの街に何を求めて来たのかを思い出し始めた。

僕は、韓国を知り、我が国の暗部を知り、そしてさらに祖国を愛した。 しかし韓国と日本を同時に愛すれば愛するほど、互いの上に横たわる利権や辛い歴史、そして歪んだ差別意識というものが何のためであるかという事が痛いほど分かり、それが分かれば分かるほど辛く、許せなかった。 

そして、身の回りの世界にもそれと同じ「嘘っぱちでクソッタレの腐れた世界」が広がっており、純粋な心を持った仲間が倒れていく事、そしてそれを止めることの出来ない「権力主義」に我慢できなくなっていた・・・。 

黙ってこの世界に生きるしかないという、ある意味日本的な、腐れた人間が更に悪の温床を強固にしてゆき、未来に闇が見えるほど、僕は荒んでいた。

精神は、キルケゴールやニーチェを求めていた。

このプラハに到着したとき、「プラハは泣いている」と書いた。 権力と金いう名のクソ溜めを蹴飛ばしたくて仕方なくて、この街で自分が今まで嫌いだった宗教と向き合う事になった・・・。 そして、そこからはじめて「実存」というものの輪郭がハッキリしたのも事実だ。

宗教は不公平な世の中の慰めでしかない・・・。 だから僕は教会に入った・・・。 宗教は自身の内面における闘争や葛藤が前提にあり、その中で生きるために存在していないだろうか? 

宗教の中にある神は、人間が利用するために創造した神であり、真理なんていつまでたっても見えないのだ。 何故なら、見えないままでいいからだ。 権力というものは、宗教の神を利用するだけ用は足されているのだ。

それでは、何故プロテスタントから「権力主義」だと揶揄されるカトリックに身をおいてしまったのか・・・と誰もが感じるだろう。 答えは、このプラハの人々、そして韓国とフランス、そして今回痛いほど分かったボヘミアの歴史が僕に教えてくれた。 

権力を否定すると、また争いが生まれるだけなのだ。

この旅で、ヤン・フスやヤン・パラフの精神、そしてプラハの人々の精神から教えられたことがある。 それは、「闘わずして平和と繁栄を勝ち取れ」という事だ。 

僕は神について「死んだ」と書いたが、神を否定するならば死ぬ対象としてわざわざ神を持ち出さない。 スタヴォフスケー劇場にてアマデウスのレクイエムを聴き、僕が今まで思っていた神が死んだ。 それだけなのだ。



僕は10代の頃から、ずっと旅をしている・・・。

これまで宗教から真理を求めることはなく、積極的に旅に出る事によって真理というつかみ所のないものを求めてきたのかもしれない・・・。 そしてまた、この旅によって「宗教」というものと向き合い、真理というものを違う角度から伺おうとしている。

酔っ払っているのだろうか・・・。 

日が暮れたプラハの中心街で石畳の輪郭を照らす車のヘッドライトが僕の前をいくつもいくつも通り過ぎてゆく。


僕の中で、ひとつの結論が出た。 


僕にとっての宗教は、やはり旅だった・・・。 僕はずっと旅によって求道してきたのだ。 偶発的に現れる真理の欠片を求めながら、ただひたすら彷徨い、死ぬまで旅を続けよう・・・。 旅を続けていることが、僕が僕である理由なのだ。 

たとえ真理を掴めなくても、純粋に人を愛する心、そして愛された時の感謝を忘れなければ、それだけで幸せに生きていける・・・。 旅によって、沢山の人々から愛されてきた。


もしかすると、神が僕に旅をさせているのか・・・。


それならそれでいい。 自分からも積極的に旅を続けるまでだ・・・。 神が僕に手を差し伸べるのなら、僕も手を差し出すまでだ。 旅を続けること・・・それが僕の全てなのだから。

モーツアルトについて語る


モルダウに向かって歩いている。 ここにはボヘミア独立のために生きたもう一人の人間の住んでいた家があり、博物館になっている。 その人の名は、そう、誰もが知っているあの「スメタナ」だ。



スメタナの家では、彼の生い立ちから彼が書いたオペラや楽曲の楽譜が見れる。 ここで「我が祖国」を聞きながら、窓からモルダウを眺めている。 幻のような・・・そう、まさに夢を見ているような気持ちだ。 彼が使っていたピアノがある。 

誰も見ていないのを確認してそーっと触ってみた。 感動だ!! スメタナが触っていたピアノに触ってしまった!!

このまま、時が止まってしまえばいいのにね・・・。



また、当てもなく街を彷徨っている。 プラハに居るだけで幸せなのだ。 なんだろう・・・この街の全てが愛しくてたまらない。 今、スタヴォフスケー劇場の横を歩いている。 プラハに来て2日目・・・ここでアマデウスのレクイエムを聴き、僕は狂ってしまい・・・プラハを彷徨いながら、あげくの果てにカトリックになってしまった。

アマデウス(モーツアルト)には数々の想いがある・・・。 彼の生き方には共感できるのだ。

ドイツのザルツブルク出身のモーツアルトは、仕事先のウィーンで雇い主のドイツの大司教と喧嘩し、そのままウィーンに定住してしまう。 感覚のままに生き、しきたりや権力構造を嫌う彼が、権力社会の中において"素行不良"だったことは有名である。 その性格からか、厳格な神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世のお膝元であるウィーンでも、彼は雁字搦めにならざるをえなかった。

当時あまりにも自由な発想と、不謙虚さで、ウィーンの宮廷楽界から「下劣」扱いされていたモーツアルト・・・

なぜこんなにも彼が苛められていたかというと、モーツアルトという才能が宮廷楽界にとってあまりにも「出る杭」であった為であろう・・・。 

モーツアルトは当時、ウィーンでは非主流だった「ドイツ語オペラ」という先見性を持ち、神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世に影響を与えようとするが、ウィーン宮廷楽界がこれまで守ってきた「オペラはイタリア語」という考えの保守勢力と対立が起きてしまった。 

そこからウィーン宮廷楽界は、モーツアルトが作る権力主義をひっくり返すような内容のオペラに次々と検閲を入れたり、彼の仕事に対する意欲を潰すために監視したり・・・と、ことごとく足枷を着け彼を痛めつけ始めた。 

ウィーンという都は、彼の才能を開花させることのできる寛容な土壌ではなかったのだ。

一方その頃、なんのしがらみも無い、此処プラハでは、彼のオペラ「フィガロの花嫁」が純粋に受け止められ、大ブレイクしていた。 ウィーンのハプスブルクから統治されているボヘミアは、先に何度も書いたとおり、民族独立を目指しており、権力に対する反吐だらけの都であったことは間違いない。 

プラハの観客は、そんなモーツアルトのオペラの内容を、自分らの苦しい境遇に重ね、自分たちのものにした。 

プラハから愛されたモーツアルトは、プラハの民の為、「交響曲第38番(通称プラハ)」を制作し、不動の人気を得ると、今度はプラハからモーツアルトに対し、オペラの制作を依頼されることになる。 そして完成したのが誰もが知るオペラの名作「ドン・ジョヴァンニ」なのだ。
   

アール・ヌーヴォー

JUGEMテーマ:旅行

ドレスデン行きの列車に乗ろうとすると、前髪だけ赤く染めたチェコ人の男が僕に話しかける。 「プラハ方面に行くのだが、この列車でいいのか??」と・・・。 DB(ドイツ鉄道)には車体に電光掲示があり、列車番号がついている。 僕の切符の列車番号とその電光掲示の番号を交互に指差し「問題ないだろ?」と言うと、彼はすぐに安心し「モッツヴァームジェクィ(本当に有難う)」と言った。 

ああ、2日ぶりに聞く耳慣れた言葉だ・・・。 

まるでチェコ語が母国語の様に恋しい言葉になっている。 彼と近くの席に座り、プラハに帰っている。 モルダウを眺めながら彼とアジアの事を色々と話していたが、疲れが出てきたのか瞼がしょぼしょぼしてきて寝てしまった。 彼はプラハに着く前のチェコの田舎町で降りようとしている。 お互いに「またいつか会おうな!!」と言いながら、座ったままハイタッチした。 

列車はプラハに着き、駅に出てすぐの場所でタバコを吸っていると、アジア人のカップルが大きなスーツケースを転がしながら現れた。 僕と同じ風貌なので、思わず親近感が沸いてしまい、頭を下げて挨拶した。 するとカップルも好意的な目で僕に一礼しながら英語で「何処の国の人ですか?」と聞いてくる。 「Japanese」というと、「我々はKorean」と言う。 ああ、コリアンね・・・。 んっ!? コリアン?? 心の同胞じゃないか!!

「なんだ!! 韓国人か!! いやぁ、会えて本当に嬉しいよ、さっきのDBでドイツから帰ってきたんだけどさぁ、もぅドイツ語分かんないからずーーーっと喋れなくて黙っていて寂しかったわけよ!! やっと言葉が通じる相手が見つかった。ヤッホー」と言うと、彼らは目を丸々として「えっ、ちょっと・・・本当に日本人なんですか??」と言っている。

「違うよ、日本人だよ。 顔を見ろよ韓国人の顔じゃないだろ?? ところで今から何処に行くんだよ??」と言うと、「ああ、僕たちは今からプラハを観光するのでホテルに行くんだ。 さっきまでベルリンに居たんだよ。 僕達の旅はロンドンから始まって、色々と転々としながらやっと今プラハに辿りついたの」と言いながらさわやかに笑っている。

「僕はさっきまでドレスデンに居たんだけど、ベルリンはどーだった??」と聞くと、「ベルリンはヨーロッパヨーロッパしていない感じがした。 率直な印象だけど、僕たちの国に似ているな・・・と思ったんだよ」と言いながら笑っている。 僕は「ベルリンも歴史的な建造物が随分戦争で焼けたからねぇ、だから新しい建物が多いんじゃない??」と言うと「そうかもしれない。とにかく何でもかんでも本当に新しいんだよね・・・でも、僕たちの中で本当にドイツの印象が変わったんだよ」と言っている。

興味津々に「今回ドイツを見るまで、ドイツに対してどういう印象を持っていたの??」と聞くと、゜物凄く悪い国という印象があった。 しかし、近代的でお洒落で、最先端の国でしかも人々が本当に親切で驚いたんだよ」と言う。 これには僕も同感なので興奮しながら「だろ!? そーだよな!! ドイツ人って何って言うか、とにかくみんな丁寧で親切で凄くいいよな!!」と言うと二人もそうだそうだと納得している。

チェコの人には申し訳ないが、僕と韓国人は地下鉄の中でも大きな声で爆裂トークを繰り広げてしまい、ああ、僕は何でここまで韓国と同化してしまっているんだろう・・・と改めて感じた。 彼らは自分たちが降りる駅で降りろとうるさかったが、僕は「プラハ中心街を歩いていたら、また会うさ。 その時に一緒に酒飲んで死のうぜ!!」と韓国的な挨拶をし、彼らとは別れた。

僕はまたムゼウム駅に向かっている。 

ヴァーツラフ広場に着いた。 ただいま、アールヌーヴォーのプラハ・・・。 ヤン・パラフの十字架に十字を切り、視線をヴァーツラフ広場に向ける。 なんでこんなに落ち着くんだろうこの国は・・・。 ドイツにいるより、本当に本当に落ち着くのだ。


ヴァーツラフ広場沿いのホテルエウロパ(バリバリのアールヌーヴォー建築)にチェックインし、すぐに街に飛び出している。 ここ、プラハにはアールヌーボーの大家(たいか)アルフォンス・ミュシャの美術館があるのだ。 

先に訪れたプラハ城内、聖ヴィート教会のステンドグラスや市民会館の内装、そして市庁舎内部の装飾など、プラハ市内の数々のアールヌーヴォーを手掛け、更にはチェコスロバキア時代の紙幣等のデザインも手掛けているのがアルフォンス・ミュシャ・・・ 

そう、まさにチェコが誇る最高の商業デザイナーであり、このプラハ全てのアールヌーボーに影響を与え、波及させた男である。 早く言えばミスターアールヌーヴォーだろう。


ああ、職業の大先輩よ・・・。 僕もプロとしてあなたに近づきたい・・・。


この人も音楽家のスメタナと同じく、異国での名声を捨ててボヘミアに戻り、自分の全てを祖国の為に注いだ人である。 

そして晩年はヒトラーから「危険な愛国心」と言われ、捉えられ、それがたたって衰弱し、死んでしまった。

←これはパリ時代のポスター




ふと、一枚の画の前でまた足が止まってしまった・・・。↓



この画はなんていう美しさだろう・・・。 女性のこの表情がミュシャらしい・・・。 恍惚としているようにも見えて、自分の美しさに対する自信に満ちた顔にも見える。 それかといって憂いも覗かせているし、笑っているようにも見える。 

ミュシャの恐ろしさは此処だ。

ミュシャの書く女性は、本当に表情豊かである。 彼の書く女性は何故かフランス人に見える。 フランス人の思想、フランス人の哲学から出てくる表情が多いのだ。(私だけかなこんな見方をしているのは・・・)

私が好きな画家、クリムトとミュシャ・・・この二人は女性の美しさを知り尽くしている。 女性の華々しさを知り尽くしている。 


そう、女性は、この世に咲く「華」なのである。


ああ、ミュシャ美術館に何時間居るのだろう・・・。 僕に影響を与えたデザイナーの一人ミュシャの魂よ・・・

ボヘミアの魂よ永遠に・・・。

ドイツ ドレスデンに到着

何故か6時に起きてしまった。 なんだ…なんでこんなに早起きなんだ??

昨日の夜は、結局またビアホールのカウンターで金髪の男女たちと
少し語らっていた。(suuちゃん、自然にチェコ人全開) 何だろうなぁ、チェコ人は凄く気が合う。 何って言うか、この人たちは全くギスギスしていないのだ。 なのに少し神経質で繊細。 

待てよ…このペースでいけば7時30分に宿を出れば8時40分のドレスデン行きの列車に間に合う! 急いで着替え、チェックアウトしている。 もう何日もこのホテルに居るので、初めは無愛想だったドイツ系のフロントもニコニコして僕と話をする。

「ところで、荷物が重いんだ、タクシーでホレショビッツェ駅に行くといくらかかるんだい??」

「330ck(約1,800円)だよ。30分で着くさ」

「330もするのか…まぁ仕方ない、タクシーを呼んでくれよ」

「今なのか?」

「ああ、今すぐだ。世話になった。有難う!」

「オッケー! そこに座って少し待ってろ、すぐに来るから」

タクシーは石畳のプラハの街を猛烈に飛ばし、タイヤの音がコロコロクルクルいっている。 パリでもそうだったが、石畳の上を走る車に乗っていると、日本では聞けない妙な音かするのだ。 

あっ、昨日ミサに行った教会が見える…。 窓を開け、風で前髪が無茶苦茶になりながら教会をいとおしく眺めている。 

すると、なんだか寂れた工場みたいなところに着いた。

「ここだよ。荷物を降ろしてやろう」

「ああ、有難う」

タクシーで30分かかると思っていたが、15分で着いた。 



もうすぐ列車が来るな…。

これから2時間ちょっとの道のり…クロワッサンを買い、ベンチで食べている。 キングサイズのジュースのストローを咥えようとしたとき、何人かわからないが金髪で痩せた青年と目が合った。 お互いジュースを軽く上げ、目で挨拶…。




列車に乗ると、最後部のシートの後ろに3段に組まれた鉄パイプの荷台が左右両側にあり、それ以外は頭の上の荷台に置く仕組み。 大きく重いスーツケースを頭の上の荷台に置くのはかなり体力が居るし、スーツケースが大きければ5分の1程がはみ出てしまう。 落下すれば人が死んでしまうよな…。



流れる車窓をずっと眺めている。 モルダウ沿いをずっと走るのだ。 列車の乗り心地はとてもよい。 ドイツのDBの車両だからだろうか、揺れも殆ど無く音も気にならない。 これなら荷台からスーツケースがはみ出ていても、落ちることもなさそうだ。

ただ、かなりの騒音が居る。 英語で大騒ぎしている奴らが居るのだ…。 多分あの発音はイギリス人だ。 恐らく卒業旅行だろう。 さっきからかなりうるさいので、寝れないのだ。 前方に向かって首を伸ばすと、座高が高いお陰で、うるさい赤髪女の顔が見えた。

さぁて、どうしてやろうか…。

女が、「ぎゃはーーっ」と笑った後、いつも少しの静寂がある。 15分に一度くらい「ぎゃはー」っと耳を劈くような声を出すのだ。 恐らく他の乗客も僕と同じようにイライラの限界に近づいているに違いない。 とりあえず、次の静寂を待とう。

そしてまた「ぎゃはー」っと笑った瞬間、suuちゃんは立ち上がっり、大きく舌打ちした後、口を「F」発音のカタチで止め、ガン飛ばしながら、4秒くらい中指を真っ直ぐ立ててやった。


やりすぎたかな…
車内は凄い静寂に包まれてしまった。


もう・・・やることをやったら寝るしかない。 ヤバイ…凄い雰囲気だ。 誰かが車内でゲロを吐いたときと同じような緊迫感が漂ってしまったのだ。 

自業自得なのに、僕はこの雰囲気に耐えられず、腕を組んで目を瞑ろうとした… すると、左前方のチェコ人らしき白人男性が後ろを向き、わざと僕以外の人にも見えるように、しっかりと親指を立てた。 その指の周りには「お花」の幻覚が見えた…。 これは…恐らくブラボーだろう…(そう解釈したい) 僕も車掌みたいに敬礼し、彼に応え、そのまま寝てしまった。 それからというもの凄く静かな車内だった…。 これは1等席並みの静寂…。

車窓の家の形が変わった。 ドイツに入ったのだろうがパスポート検査にも来ない…。 乗車して30分くらいして切符の検査は来たが、何の検査も無く国境を越えてしまったようだ。 

今度は、ドイツ語らしい言葉で挨拶され、また切符を見せた。 そうこうしているうちにドレスデン駅に到着。 荷物を降ろしていると、中国人らしき男性二人が好意的な目で僕に一礼している。



さぁ、ドイツの旅が始まったぞ!!

プラハ→ドレスデン(ドイツ)行きの切符

35分間のミサは終わった…。 

教会の後方にある賽銭箱に3kcを入れ、祭壇に向かって十字を切っている。 聖水を額に浸けながら重い木の扉を開くと、お年寄りたちが僕の後ろに列を成している。

ああ、なるほど、このお年寄りたちは扉が重いので、誰かが扉を開くまで一歩ひいて待っていたんだな…。

僕が扉を開けたまま待っていると、足を引き摺りながら歩くおじいさんたち…。 チェコの人々は老いると足に来るのか…。

おじいさんたちは、みんな僕の目を見ながら「ジェクィ(有難う)」と笑顔で言う。 お年寄りの発音は、若い人たちと少し違うが、上手く聞き取れた。 まるで孫を見るような優しい眼差しで僕を見ている。 

しかし、人は年をとると風貌的に日本人とか外人とかの区別がなくなってくるなぁ。何故か「THE 老人」になってくる。 更にいえば、年をとると男女の分別がつき辛くなくなることもある。

医学的に、民族を問わずもともと人間の髪というのは「白」らしい。 若いうちはメラニン色素が出ているから髪に色がつくのだ。 しかし、年をとると白人も黒人も黄色人種もみんな白い髪になる。

髪や風貌だけではなく、若いうちというのは、「違い」というものが出やすい時期なのだろう。 民族や男女、政治思想や宗教、様々なものに違いが出て、その中で反発しあうのが若い時期なのだろうな…。

人は年をとるとみな同じようになってゆく。 これには煩悩が関係しているのだろうか… 人間は煩悩が多いうちは、他人と違う姿をしているということだろうか。


ということは、黒髪の本数が煩悩の数なのか(suuちゃん遂に煩悩の正体を解明←ノーベル賞) 


第一の煩悩が「民族」、第二の煩悩が「政治」、そして第三の煩悩が「宗教」、さらに第四の煩悩が「男女」ではないだろうか…。

いかんいかん、せっかくカトリックになったのに、仏教的な思考のままだ。どうやったら自然とカトリックっぽい考え方が出来るのだろう…。 

ぶつぶつと考えながら街を歩いている。 ところどころ剥がれた石畳に躓かないように、下を向いて哲学しながら歩いてゆくのが似合う街プラハ…。 剥がれた石畳がどうしても解けない思考のパズルの1ピースに見える。

あっ、カレルゴットだ!! 突然本屋のショウウィンドーが全面カレルゴット貼り!!


すごいなぁ、やっぱり本当に人気があるんだなぁ。 ショウウィンドー全面貼りなんて、最近では「西川京子(自民・福岡10区)」の事務所くらいしか見たことない…。(そりゃ違うよsuuちゃん)

さて、明日はドイツに行こう…。 プラハとはお別れだ。 なんだろうこの寂しさは…。 プラハとお別れするって考えただけで、物凄い寂しさがこみ上げてくる。 ザックリ言えば、のび太の恐竜みたいな気分だ。

地下鉄に乗り、プラハ中央駅に着いた。 プラハには3つの駅があるので、注意しなければならない。 ドイツに行く場合、早朝と最終以外の殆どのダイヤが「プラハディヴィッツェ駅」というプラハの一番北に位置する駅から出ている。



まずインフォメーションカウンターで行きたい場所と時間を相談し、決定したらプリントアウトしてもらい、購入専用のカウンターで発行してもらうという仕組みだ。

クレジットカードですんなり購入。 片道577ck(約3,000円)か…。 安いなぁ。

日が暮れたのでホテルに戻り、買ってきた瓶ビールを流し込みながら考えている。 

何故、宗教というものがあるのか…。

2回のミサで共通して感じたことは「一つになれた」ことである。 民族も、老若男女も、政治的なことも教会の中では全て捨てて、ひとつになれた。 日本人も神社において「和の精神」を学んできた。 そして、突然リリとのキスがフラッシュバックした。

人は他のものと交わるために生きているのか?? つまり、協同するものを探しているのではないだろうか。 男女の本能的協同、そして宗教的協同、政治的協同…。

僕はリリと自然にキスをした。チェコの仲間に入れてもらいたかったからだろう…でも、リリは何故僕とキスをしたのか…。 彼女は「寿司」しか知らないのに…。 まさか、酔っ払って「僕」のことを「寿司」と間違えたのではないだろうか…。 ぷぷっ

でもなぁ…協同を求めた後、必ず争いが起きるよね。 結婚すれば夫婦喧嘩になり、宗教的な協同を強要すれば戦争が起き、政治的な協同を強要すればまた戦争が起き・・・。 ただ、協同の中でしかモノは生まれないのも事実。 そうか・・・人は協同ではなく、その先の「何かを生む」ことを欲しているのか。



宗教にしても何にしても、協同というものは結果的に「一つの束縛」であろう…しかし我々は束縛を求めながら開放を求める。そして、束縛から逃れ、行き着く先はまた混沌だ。 そしてまた束縛を… 人間は一体、何がしたいのだろう…。


話は変わるが、最近、僕の友人が離婚することが多い。


法律上「離婚」というものは不利になるかもしれない。しかし何かを生むという使命のもと、本能的に再出発したと考える方が正しいような気がするのだ。 チェコとスロバキアの「ビロード離婚」にしてもそうだ。 「袂を分かつ勇気は美しい」という感性が人間を更に人間らしくする気がしてきた…。

何で人間は人間の作った「くだらないルール」の中で苦しみながら生きていくのか… よく考えればこれほどバカバカしいものはない。(30過ぎて尾崎みたいな事を言い始めたsuuちゃん)

盗んだバイクを停めて、ハッパをキメて何が悪い!!(悪いにきまっとるわい!!)

そうか、わかったぞ!! 統制の中に生きている人間だけが宗教を求めているのか!!

今日から白人になります

僕は、とにかくいてもたっても居られなくなった。 色んな事を気付かせてくれた、このプラハという場所を僕の聖地にしようと思ったのだ。


トラムに乗り、ロザリオを探しに行った。 僕をこういう気分にさせてくれたのは、歴史というものがビデオテープの様に一本のテープで繋がっていると実感させてくれたローマ・カトリックのお陰だ…。 

そんなローマ・カトリックに敬意を表してイエズスのロザリオに今のこの気持ちを封じ込めたかったのだ。 小さなボヘミアンアクセサリーの店でロザリオを手に入れ、それを持ってまたこの場所にたどり着いた。


モルダウだ…。 僕は買ったばかりのロザリオをモルダウに浸し、自分の額にもモルダウの水を刷り込んだ。 これで自分なりの洗礼は終わった。 

突然だが、今から僕は一年間の契約でカトリックになる。そして聖地はこのモルダウと決めた。 更に僕は、今この瞬間から、白人になる。

1年間、白人契約をするのだ。 もう決めたもん。

そして、僕は西スラヴ系のコーカソイドになった。(気持ちだけね)

↑すーちゃんのイメージ

気分はなかなかイイ。 
まぁ、一言でいえばマイケルジャクソンのような気分だ。


さらに意味も無くトラムに乗り続けている。 気付けば地図に乗っていない場所まで来てしまった…。 どこなんだここは…。 突然老人密度が増えたような気がする。 観光客も居ないし…。

散歩をしていると、突然教会の鐘が激しくなり始めた。 6時か…。

中に入ると、また入り口の扉を閉められてしまった。 えっ?? また偶然ミサの時間に教会の前を歩いたの僕は…。

前のほうに座っている人々が、バラバラに座っている僕たちに対して「前につめなさい」と言っている。 後ろのほうに座っていたお爺さんたちが僕の横に来た。 

お爺さんは僕が聖書を持っていないのに気づき、入り口付近を指差し、小さな声で「とってきなさい」と言っている。 僕は急いで貸し出し用の赤い聖書を持ってきて座ると、突然歌が始まり、神父が横から歩いてきた…。

ああ、何か因縁めいたものを感じる…。 

何で僕はカトリックに引き込まれてしまったのだろう…。 僕が教会を横切ろうとすると、神がかり的にミサの鐘の音がなるのだから…。 しかも、横切る前に必ず鳴るのだ。

バス停に行ったらすぐにバス来ることがあるが、それとよく似た感覚だ。 しかもバスなら一時間に何本も来るが、ミサは一日1回ではなかろうか…。 あまりにも摩訶不思議超常現象だ…。

神への道(後編)

ムゼウムを出て、また地面の盛り上がりに気付いた。 ここは3日前に僕がプラハについてすぐ、何だろう気色悪い!!と思いながら大きく避けて歩いた場所だ。


3日前とは違う色の花が置いてある…。 よほど信仰されているのだろう…。 博物館の前でコンサートチケットを売っている人に恐る恐る指を指しながら聞いてみた。 

「これは、一体何ですか??」

すると、彼は真面目な顔で答えた。

「ここはヤンパラフが死んだ場所です」


ヤンパラフが焼身自殺をした場所がここだった…。 やはり、何も知らなかったが「ゾクっ」とした感覚はアタリだった…。ヤンパラフの後に、同じ場所で同じ方法で亡くなったと人がいると聞いた…。

また、ヴァーツラフ広場に戦車の幻影が現れた。 プラハの春…。 なぜ、この国にはこんなに邪魔が多いのか…。

ところで、チェコという国は、無宗教者が多い。

■チェコ
ローマ・カトリック 26.9%
プロテスタント2.1%
無宗教59%
となっている。この他、ごく僅かに「フス派」や「ボヘミア兄弟団」も現存する。

近隣諸国のデータを見ても、

■オーストリア
ローマ・カトリック 78%

■ハンガリー
ローマ・カトリック 51.9%

■ドイツ
プロテスタント 34% ローマ・カトリック 34%

上記の通りである。

何故、彼らが宗教をしないのか、何故彼らが神を信じないのかはチェコの歴史が全てを物語っている。 つまり、その国が歩いてきた道というものが、その国の実存であると考えるのだ。

宗教とか政治とかそういう「権力」に翻弄され、またボヘミアを失うくらいなら、もう宗教なんかには関わりたくないということだろう。 それならフス派が多くてもいいのでは??という疑問が残るが、結局チェコ人はフスを長く神格化しなかった。フス派による宗教戦争が起き、最後にはフス派(急進派・穏健派)同士が殺し合い、結局は何のための信仰なのか分からなくなったからだろう。

キルケゴールは言った「たとえ全世界を征服したところで、自分自身を見失ったら何の益があろうか」

ボヘミアの人々は明らかに他の国とは違う生き方、考え方をしている。 この国の恨1000年は、宗教というものを遂に超越したのだろう。 チェコ人だけが満足いく「真理」を見つけたとしかいいようがないのだ。

その満足いく真理とは、1000年恨を打ち破るために死んでいったヤンパラフらが身をもって表現したのだ。 全身を炎に包み、死んでゆく姿…。 その姿がチェコ人にとって何であるかという事は言うまでもない…。

彼らの死に方が、チェコ人のDNAを呼び覚ました。 チェコ人が異端といわれ続けてきた。 しかし、彼らは戦争好きな全ヨーロッパの中で「相対的には異端」であったが、早い話が「完成された平和主義者」だった。

ボヘミアの民が歴史的に追求した「真実」が今のチェコを作っている…。 そして多くの人々の幸せの為に、命を差しだして「ボヘミア」を表現した彼ら…。

チェコ人は、自らの歩んできた苦難の歴史を「福音」として位置づけたのではないだろうか…。 

この国は、韓国に似ているだけではなく、もっと身近な僕らに対してもメッセージを投げかけてきている。 そう、我々も列強と戦い、多くの英霊の犠牲の上に生きている。そして我々も無宗教となった。 

なのに、何故我々は靖国神社を大切に思えないのか。

何故、ここまでしてアメリカの洗脳に狂わされているのか。 チェコだって色んな国から狂わされながら、惑わされながらもボヘミアの精神を繋いできた。 なのに、何故我々は英霊に感謝しながら生きていけないのか、馬鹿野郎!! 

よしわかった!! 有難う、チェコよ!! 僕はこの国に多くを学ばせてもらった…。 この旅自体が、真理を探す旅だったということに今、気付いてしまった…。

ボヘミアよ…。 

ヤンパラフの十字架の前で静かに十字を切った。 僕がこの国に来なくてはならなかった「因縁」というものがだんだんと分かり始めたのだ…。

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