プラハ→ドレスデン(ドイツ)行きの切符

35分間のミサは終わった…。 

教会の後方にある賽銭箱に3kcを入れ、祭壇に向かって十字を切っている。 聖水を額に浸けながら重い木の扉を開くと、お年寄りたちが僕の後ろに列を成している。

ああ、なるほど、このお年寄りたちは扉が重いので、誰かが扉を開くまで一歩ひいて待っていたんだな…。

僕が扉を開けたまま待っていると、足を引き摺りながら歩くおじいさんたち…。 チェコの人々は老いると足に来るのか…。

おじいさんたちは、みんな僕の目を見ながら「ジェクィ(有難う)」と笑顔で言う。 お年寄りの発音は、若い人たちと少し違うが、上手く聞き取れた。 まるで孫を見るような優しい眼差しで僕を見ている。 

しかし、人は年をとると風貌的に日本人とか外人とかの区別がなくなってくるなぁ。何故か「THE 老人」になってくる。 更にいえば、年をとると男女の分別がつき辛くなくなることもある。

医学的に、民族を問わずもともと人間の髪というのは「白」らしい。 若いうちはメラニン色素が出ているから髪に色がつくのだ。 しかし、年をとると白人も黒人も黄色人種もみんな白い髪になる。

髪や風貌だけではなく、若いうちというのは、「違い」というものが出やすい時期なのだろう。 民族や男女、政治思想や宗教、様々なものに違いが出て、その中で反発しあうのが若い時期なのだろうな…。

人は年をとるとみな同じようになってゆく。 これには煩悩が関係しているのだろうか… 人間は煩悩が多いうちは、他人と違う姿をしているということだろうか。


ということは、黒髪の本数が煩悩の数なのか(suuちゃん遂に煩悩の正体を解明←ノーベル賞) 


第一の煩悩が「民族」、第二の煩悩が「政治」、そして第三の煩悩が「宗教」、さらに第四の煩悩が「男女」ではないだろうか…。

いかんいかん、せっかくカトリックになったのに、仏教的な思考のままだ。どうやったら自然とカトリックっぽい考え方が出来るのだろう…。 

ぶつぶつと考えながら街を歩いている。 ところどころ剥がれた石畳に躓かないように、下を向いて哲学しながら歩いてゆくのが似合う街プラハ…。 剥がれた石畳がどうしても解けない思考のパズルの1ピースに見える。

あっ、カレルゴットだ!! 突然本屋のショウウィンドーが全面カレルゴット貼り!!


すごいなぁ、やっぱり本当に人気があるんだなぁ。 ショウウィンドー全面貼りなんて、最近では「西川京子(自民・福岡10区)」の事務所くらいしか見たことない…。(そりゃ違うよsuuちゃん)

さて、明日はドイツに行こう…。 プラハとはお別れだ。 なんだろうこの寂しさは…。 プラハとお別れするって考えただけで、物凄い寂しさがこみ上げてくる。 ザックリ言えば、のび太の恐竜みたいな気分だ。

地下鉄に乗り、プラハ中央駅に着いた。 プラハには3つの駅があるので、注意しなければならない。 ドイツに行く場合、早朝と最終以外の殆どのダイヤが「プラハディヴィッツェ駅」というプラハの一番北に位置する駅から出ている。



まずインフォメーションカウンターで行きたい場所と時間を相談し、決定したらプリントアウトしてもらい、購入専用のカウンターで発行してもらうという仕組みだ。

クレジットカードですんなり購入。 片道577ck(約3,000円)か…。 安いなぁ。

日が暮れたのでホテルに戻り、買ってきた瓶ビールを流し込みながら考えている。 

何故、宗教というものがあるのか…。

2回のミサで共通して感じたことは「一つになれた」ことである。 民族も、老若男女も、政治的なことも教会の中では全て捨てて、ひとつになれた。 日本人も神社において「和の精神」を学んできた。 そして、突然リリとのキスがフラッシュバックした。

人は他のものと交わるために生きているのか?? つまり、協同するものを探しているのではないだろうか。 男女の本能的協同、そして宗教的協同、政治的協同…。

僕はリリと自然にキスをした。チェコの仲間に入れてもらいたかったからだろう…でも、リリは何故僕とキスをしたのか…。 彼女は「寿司」しか知らないのに…。 まさか、酔っ払って「僕」のことを「寿司」と間違えたのではないだろうか…。 ぷぷっ

でもなぁ…協同を求めた後、必ず争いが起きるよね。 結婚すれば夫婦喧嘩になり、宗教的な協同を強要すれば戦争が起き、政治的な協同を強要すればまた戦争が起き・・・。 ただ、協同の中でしかモノは生まれないのも事実。 そうか・・・人は協同ではなく、その先の「何かを生む」ことを欲しているのか。



宗教にしても何にしても、協同というものは結果的に「一つの束縛」であろう…しかし我々は束縛を求めながら開放を求める。そして、束縛から逃れ、行き着く先はまた混沌だ。 そしてまた束縛を… 人間は一体、何がしたいのだろう…。


話は変わるが、最近、僕の友人が離婚することが多い。


法律上「離婚」というものは不利になるかもしれない。しかし何かを生むという使命のもと、本能的に再出発したと考える方が正しいような気がするのだ。 チェコとスロバキアの「ビロード離婚」にしてもそうだ。 「袂を分かつ勇気は美しい」という感性が人間を更に人間らしくする気がしてきた…。

何で人間は人間の作った「くだらないルール」の中で苦しみながら生きていくのか… よく考えればこれほどバカバカしいものはない。(30過ぎて尾崎みたいな事を言い始めたsuuちゃん)

盗んだバイクを停めて、ハッパをキメて何が悪い!!(悪いにきまっとるわい!!)

そうか、わかったぞ!! 統制の中に生きている人間だけが宗教を求めているのか!!

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