料理研究家 ホンシネ先生とは -第1章-

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水曜美食会など数多くの番組に出演し、今、韓国で話題の料理研究家のホンシネさん。 
 
日本で彼女について紹介するページがまだ見つからないので、恐らく日本の中では彼女をよく知っているであろう「私」が率先して文を書かせていただくことにした。

これから書くのは、ソウル、ニューヨークという都市を舞台にした彼女の半生だ。

1976年韓国のソウルに生まれる。幼少の頃から、朝起きれば祖母・母親と一緒に鰹節を削る。それが彼女の1日の始まりだった。もちろん韓国において鰹節はメジャーな出汁ではない。 祖母はかつて日本で歯学を学び、終戦後韓国で活躍した医者であり、父は薬剤師…そんな幸せな家庭に生まれた。

幼少の頃はいつも落ち着きなくキッチンの中をうろうろし、炊飯器を触ったり、人知れず食材に手入れしておいたり…と飲食に対する、興味関心が非常に強い子だった。 家族旅行に連れて行ってもらっても、出てくる料理全てに感心を示し、料理法に興味を示すほどだった。

そんな彼女も小学校6年生になった。毎月のお小遣いから密かに10000万ウォン(日本円で1000円)ずつを貯金し、80万ウォンが溜まった時、欲しくてたまらなかった
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オーブントースターを買った。なぜならば、大切な友人の誕生日に手作りのケーキを作ってプレゼントしたかったのだ。 幼少期から家族の料理を手伝いながら、「誰かに自分の手で美味しいものを作ってあげたい」と願う優しさを持った少女だった。
 
高校を卒業すると、両親が勧める音大に入ることになった。 しかし、それからというもの、彼女は「音楽を学ぶことに対する適正」というものに悩み苦しみ続ける日々を送ることになってしまう。
1996年、交換留学生としてアメリカに渡ることになるが、異国の地でもやはり音大生として、その適正に悩み苦しむ日々が続く。そんな中、彼女はニューヨークで一人の男性と恋をし、若くして主婦となった。

その縁でもあり、ここから10年以上に渡りニューヨークでの生活が始まる。

しかし時間が経つにつれ、郷愁の念は強くなっていくものだ。
韓国、そして幼いころから愛してきた「韓国料理」を想う気持ちは次第に大きくなるばかりだった。
彼女が本当にやりたかったことは何だったのか…ニューヨークでの生活は食材料の調達も難しい中、彼女は全ての困難の中で覚醒した。


「私が本当にやりたかったことは…」


newyork.jpg彼女はお客さんを家に招待する度、得意の料理でもてなし続け、ニューヨークの同胞社会の中で「お料理上手の若妻」がいるという噂が出始めた。その頃から、インターネットに自身のホームページ「ホンシネドットコム(www.hongshinae.com)」を開設、自作レシピとニューヨークにおけるレストランの評価、彼女が愛する食器の話などをアップし始める。

そもそも「ホンシネドットコム」はニューヨークの同胞社会に向けて作られたものだった。

彼女のレシピを見た韓国同胞社会の人々は「ホンシネのレシピは凄く正確だ」と口を揃え、その噂は何故か遠い祖国、韓国にまで届きはじめた。

そして2006年、韓国本国から「料理の本を発刊していただきたい」という連絡が彼女のもとに届いた。(続く)

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