料理研究家 ホンシネ先生とは -第2章-

それが、2007年5月に出版された彼女の最初の本である「美味しくなければ、申告してください」だった。(この本のヒットにより本自体もシリーズ化される)

出版社の読み通り、この本は大きくヒットした。

韓国からの熱いオファーを受け、それを無視できなくなってきた彼女は、活動の舞台を韓国へと移しはじめ、フードスタイリスト、そして料理研究者の道を歩き始める事になる。この頃、ソウルの三成洞(サムソンドン)に、小さい料理作業部屋「ナインスパイス」を開設し、彼女の名声を聞きつけた人々に対して料理に対する講義を始めた。(後に、このナインスパイスが数多くの某超大手フードチェーンのレシピを手掛けることになる)


やはり、これこそ彼女が光り輝く天職だった。


彼女はニューヨーク生活時代の10年で、既にマンハッタンにキャンパスを置く「ニュースクール大学」でフードスタイリングを修めていた。さらに帰国後、あの韓国の名門、延世大学大学院を卒業し、学業と並行しながら韓国で出版される数々の出版物に関わり、本格的にフードスタイリストとして活躍し始めた。

フードスタイリングの仕事が順調な中「TVN放送 オク・ジュヒョンのライク・ア・バージン(トークショー)」というテレビ番組で初めて「放送フードスタイリング」というものを始める機会を得た。 放送の中で使用される料理をつくり、美味しく見せるという一見華々しい仕事。 しかし実は非常に大変なものなのだ。 事前に食材料を吟味し、芸能人が現場に入る数時間前から料理を用意、美味しく見えるようにスタイリングする…。

その当時、韓国芸能界の中では「放送用の食べ物」に対して奇妙なジンクスがあった。「放送小道具として出てきた食べ物を食べれば、3年間運が悪い」というジンクスだ。しかしながら、何故かしら本放送に携わった全ての芸能人・演出陣は、彼女の料理であれば完食してしまった。「ホンシネが作る料理は本当に美味い」と芸能界・演出陣、及び関係者の中で、それが伝説のように語られ始めた。そして彼女は精力的にバラエティ番組、ドラマ、映画等、数多くのフードスタイリングを手がけ始めた。
 


確かな実力と天真爛漫な人柄、さらに天が二物を与えてしまったとしか言いようがない「彼女の美貌」も含め、演出陣たちは彼女の一挙一動に注目し始めた。そして彼女が関わった映像作品は次々に高評価を受け、関係者の多くは「彼女の苦労があってこその成功だった」という評価が広まる。 次第に、業界の中では「影の立役者」として注目を浴び…

ついに彼女自身にスポットライトが照らされた。

フードスタイリストとして作業をする姿のドキュメンタリー、さらにはインタビューが制作され韓国の地上波で放送されたのだ。

それから、彼女は数々の放送に出演することになる。 この時点では「大韓民国一のフードスタイリスト」と呼ばれていたが、ここからテレビタレント・文化人としての活動が活発化する。そして彼女は大韓民国を代表するフード界のトップスターへの階段を静かに登り始めた。

SBS <モーニングワイド>

MBC <気持ちいい日>

国営放送 <生老病死の秘密>

国営放送 <イキイキ情報通>…等、各種番組で、彼女の単独コーナーが設けられ人気を博したが、勢いはこれだけで終わらなかった。

韓国で人気が高いフード専門チャンネル

OliveTV <ホームメイドクック ホンシネ編>シリーズ

OliveTV <ホンシネの食膳ドクター>

JTBC放送 <農場特講ミラクルフード>等、自身の名前が入る「冠番組」が数多く制作され、並行して数多くの著書を残し、予想通り韓国の人々からの大絶賛の嵐を受ける事になる。

そして満を持して…
TVN放送 <水曜美食会>という視聴率・社会影響力の高い番組の中核人物としてレギュラー出演、今や、大韓民国のフードシーンに多大な影響力を与え続けるフード界の論客であり、オピニオンリーダーでもある。 (続く)


JUGEMテーマ:グルメ

コメント
コメントしてあげる








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック


カレンダー

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>

K-POP TOP20

トロット放送

suuのおすすめKPOP

為替レート

記事

記事の種類

バックナンバー

読者様のコメント

リンク

suuちゃんとは??

サイト内記事検索

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM