T-ARAファヨン「クビ」の件

巷ではT-ARAの一件を「いじめ問題」として、認識されているようだ。 

いじめを受けたファヨンが放出され、いじめた側はお咎め無しだというストーリーが韓国ネチズンの中で出来上がっており、ファヨン以外のT-ARAメンバーは次々に証拠にもならない証拠画像を根拠に吊るし上げられ続けた。 この結果、新曲の活動を中断、今月のコンサートも凍結、企業広告も降ろされ、まるで自殺したタレント、もしくは犯罪者のように扱われている。

ここで不思議に思うのが、T-ARAのメンバー内でイジメが存在したって「断定」している人げが多いが、何を根拠に「断定」してしまっているのか。 冷静に考えれば、証拠なんかひとつもない。 

こういうのが本当に恐ろしい。 

何にしてもそうだけど、簡単に「断定」するのが人間の怖いところだと思う。日韓のツイートを眺めながら、断定がベースになった書き込みが多すぎて身震いした。  そんな中、誰から頼まれて書いたのか知らないが、日本のきゃりぱみゅとかいう歌手?までもが「断定」コメントをしている。 結局、コメ消したが、誰かにその「軽率さ」を指摘されたのだろう。

T-ARAのファンたちは「真実を追求」とか言いながら、ただのT-ara叩きを続け
、その中には、どう見てもファンではなく、アンチや、明らかに他の目的を持った人間が混じり込み、この騒動を面白がる状態が延々と続いた。


ファンからすると、こういうのが本当に許せなかった。 


こうやって真実がねじ曲げられ、世の中の多数が同じ考えに至ろうとしたとき、その危険性に対して、全く逆説を打ち込まないといけない時がある。 そのバランスがとれなきゃ、一部の人間にとって世の中が辛いだけの世界になる。 いま、まさに「本物のT-ARAファン」と「T-ARA本人」は傷ついている状態なのだ。

いじめ説を唱える輩がいう「ファヨンいじめ」の根拠として、ツイッターで行われた「演技の天才に拍手」という言葉がファヨンに向けられていると言われている。 しかし最近のT-araトークショーやドキュメンタリーを見なおし、発言をチェックしなおしていたら、よくわかるが、「演技の天才」はファヨンではなく、ファヨン以外のメンバーたちの事(自分たちのことを賞賛しているツイート)だったのではないかと思うのだ。 辛くても、痛くても何事もないように振る舞い、興行を成功させつづけてきた自分たちの事を演技の天才と呼んでいるのだ。 

そして昔から気付いていたが、ファヨンと他のメンバーの温度差もある。

今は逆転しているが、言ってしまえばファヨンは姉の七光りだったし、デビュー前に何の勲章もないファヨンは練習生時代も含めバリバリのキャリアを持ったT-araメンバーより、姉の方を精神のよりどころにしてきた。

ファヨン以外のT-araメンバーは、これまでの間、「孤独」の中、心や体が痛い時も肉親ともろくに会えず、病院にも行けず「精神力」だけで乗り越えてきたような「軍隊的」な部分がある。 そしてその精神を「意志」として誇りに思い、全員の結束も「意志」という共通の精神で乗り切っていた。 

僕はそんな彼女らをデビューからずっと見つめてきたが、スターティングメンバーT-ARAと途中採用のファヨンの間に「大きな価値観の違い」があったと感じている。 

ファヨンが持っている精神やビジョン、そして他のメンバーが持っている精神は根本的な部分でも、これまでの過程でも「差異がありすぎた」のではないかと思っているのだ。 

ここからの文はT-ARA問題に絡めるのには不謹慎な話かもしれないが、僕の韓国経験を元に、参考として書こうと思う。 

昔の日本の軍人はこういう笑い話をよくしていたものだ・・・ 「大阪」の人間は根性がなくて、行軍に疲れて手榴弾で自殺する奴が多い・・・と。

韓国にも同じような「軍隊の笑い話」がある。 韓国軍を経験している人ならよく知っている話だが、ファヨンの出身地「光州」の人々は「しんどい、しんどい、辛い、辛い」と、よく口に出して言ってしまう人が多い。 「意志」など言いながら精神で乗り越えるような価値観より、もっと合理的で「実」を第一に考える人が多いのが良くも悪くも光州人の特徴である。

T-araが書き込んだ一連のツイートをファヨンが「否定」したような結果になっているが、常にT-araの中では、こういう状態、つまり「精神の周波数に差異がありつづけた状態」だったのだろう。 価値観が違う賢くて強く、逞しいマンネと、無邪気で純粋で海兵隊的に結束した「たたきあげ」のメンバーという構造・・・。

そのたたきあげメンバーは、ファヨンが何かしら悩んだ際、自分たちに相談して欲しかったに違いない。 しかしファヨンは「たたきあげメンバー」の事を頼りにしておらず、肉親である姉や他の事務所の代表(同じ全羅南道出身者)などに心を開いていた。 こういうのは肉親に会えない、たたきあげ組からすれば面白くないに決まっている。

ボラムがごく最近のトークショーで思わず「(ファヨンは)本当に可愛くない」とポロリと言ってしまい、慌てて理由を容姿(背の高さ)の事に置き換え、自虐ネタにしようとしたが、会話の脈絡からして、どうも性格の事を言ってしまったようだった。 

本当のT-ARAファンなら誰でも知っているだろうが、ファン目線で見れば、ファヨンはいつもファンの方を向いており、ファンに対して一番気遣いと愛嬌がある。 

しかし、ファヨンはT-araの中では違ったのだろう。 

社長はファヨンがどうしてもT-araとシンクロしない部分を悩んでいただろうが、これまでの過程で不協和音は全く解消されず、それに対する方策として「新メンバー追加」というやり方で回避しようとした。 しかし結局はそれが引き金となりT-araメンバーにストレスを与え、内部分裂を更に酷くし、ファンに対しても不信感を募らせた。 

さらに、これまで、何かしら一体感を持てずに続いてきた関係の中で、今回の「デイバイデイ」はファヨンが中心となった曲作りになった。 これにたたきあげのメンバーが嫉妬し、爆発してしまった部分もあるのではないだろうか。

そしてT-ARA内だけではなく、溜まり溜まったストレスはメンバーとファンの双方で爆発してしまったということだ。



どう考えても、すべて社長が悪い。 



社長は偉そうに「ネチズン論客の代表出てこい」とか、メディアを訴えるとか言う前に、メンバーにもファンにも「出てきて」謝るべき。 自分が行うべき「遂行責任」をメンバーとファン、そして恩を感じるべきである「メディア」になすりつけ、大人げない対応しか出来なかったこともファンが納得いく形で解決すべき。(まぁ謝罪しかないだろうが・・・)

その一歩として、一刻も早くT-araを復帰させ、ファヨンも独立させ早急に復帰させるべき。 

そうすりゃ、T-ara+「独立ファヨン」が大きく稼いでくれるじゃないか。  

ほとぼりが冷めたら、ファヨンの本当のところを説明したらどうだろうか。 「ファヨンと私の間には大きな価値観の差があり、それは埋まらなかった。 T-araの色を変えれないから、彼女は独立してもらうことにした。 しかし、これらは全部私の責任で私の至らなかったところだ…ファヨンもT-araも全く悪くない」って…

そう言ってくれよ!!

たまにはブログを書かないと

 久々に出てきました。 ここ1年でいろんな嫌なことがあって、本当に疲れていたんですが・・・

でもでも性格上、ポジティブなので、色々と書きたいことがたまってきたので、またまた出てきました。

ブログに出て来なかった間、2回くらい韓国に行き、また色々と「韓国的なもの」を自分のものにしています。 大韓民国の最新を生きるというスタンスは全く変わっていません。 しかし、この病気があまりにもひどくなりすぎ、日本のテレビをボイコットして1年が過ぎました。

日本のテレビを全く見ていないのです。 100%韓国のテレビ。

これは自分に対する人体実験なのです。 これを行うとどうなるのか・・・。 日本のテレビを見ないということは「テレビの話題」という人とのコミュニケーション手段を絶つということです。 一気にコミュニケーションの一発目が「天気」の話題とか、そういう目の前で起きている事象のみになりました(笑)

こういう廃人のような生活の中、そろそろ落ち着きなさいと周囲から散々言われ、女性を紹介していただくことが多くなったのですが、前の彼女と別れてからというものあまり女性に興味もなく、もっぱらの興味はまた「韓国の今」です。

何故かって?? そりゃ、今の大韓民国があまりにも面白すぎるから、今見らずにいつ見るか??って事です。 ルネサンスですね。 マジで。

随分、書かなきゃいけないことが溜まってきたようなので、大韓紀行としてではなく、日々のブログを始めようかなと思います。

おすすめKPOPでも上げておくか。


大韓紀行について

 また、再開いたしますので、見放さないでください。 よろしくお願いいたします。

書きたくても書けなかったです。 あの激痛地獄では(笑)

再開のテーマ曲を載せます。 これを聴きながら、元気になりました。 


長い間出てこれなくてすみません。

頸椎を捻挫してしまいまして、身体のいろんな部分に合併症のような症状が出ており(酷い神経痛など) 非常に苦しい2か月でした。 治療に専念し、まだ完璧ではないですが、随分回復しました。

失踪??

って思われていなければいいですが・・・。 ご心配をおかけして申し訳ありません。 うつ病になったわけでもなく、ブログを書くのが面倒しくなったわけでもありません。 ただ、ただ「痛み地獄」で、鎮痛剤と凄く仲良くなりました。 そして、今日突然、ブログを書く余裕が出てきました。

今日は、少しショックな出来事ですが、スティブ・ヂャブスが亡くなりました。 マックを17年使っている私はもちろんショックで、会社に並ぶ数台のマックを眺めながら、うな垂れ、十字を切りました。


一番初めに、自分の給料で買ったパソコンが「マッキントッシュ」でした。


職業柄、仕事では ずっとマックと向き合い、人生の中で一番睨みあったパソコンはマックだと思います。(suuはマックとウィンドウズとアンドロイドの3丁拳銃)

もう、ああいう神のような人間は出てこないのでしょうね。 同じ時代に生きれた事を感謝したいです。

これは神の死です。  心から冥福をお祈りいたします。

ボーダレス

KARAが僕の予想を破ってリアルに日本の若者に愛されてしまった理由が解けた。 

今まで「チョンはニンニク臭い」とか言いながら、堂々と人種差別し放題だった排他的な大人たちが「第一次韓流」という子供騙しな広告手法で「コロっ」と手のひらを反し、アヘン中毒のようにハァハァしている。 


それとは違い、若い世代は韓国に対し、そして韓流に対し、冷静に距離を保っている。


その若い世代が、外来文化という「川の流れ」を冷静に眺めながらも、KARAを笑顔で受け入れた。 なぜなのか??

一つ言えるのは、日本人は老若男女問わず、踊れるノリの良さよりも断然、歌詞を求めている。 若者だって阿久悠や松本隆に心臓をえぐられ、痺れるのだ。

渡辺なつみが書く日本語の歌詞は、切ないほど日本文学なのにもかかわらず、KARAの5人はその歌詞と向き合い、正確な発音で、魂を乗せて歌い上げた。 そう、KARAっていうグループは、ただものじゃなかった。 人柄だけで武道館に立つような傭兵とは違い・・・


KARAは「韓流」ではなく、「純真」だったのだ。


KARAが一所懸命、日本の若者にコミュニケーションを求めた結果が、この大ヒットだ。 日本の若者の多くは、KARAの「伝える気」に感応した。 アンチ韓国の若者までもが心を揺さぶられたのだ。 外来文化という川は、決して氾濫してはならない。 

いつまでも青いせせらぎを聞きながら・・・これが川のあるべき姿だ。

ところで、4MINUTEは、韓国では凄い芸術性とパワーを持っているのに、日本でコケている。

「どーだ!?韓国はカッコいいだろ??」的な4MINUTE。 それ故に、日本語も聞き取りにくいし、ノリ重視の為か日本語の歌詞も全く洗練されていない。 そのように、外来文化が「氾濫気味」に迫れば、日本の若者はしらけた顔で川から離れていくものだ。 日本の若者は心の奥底で、今でも韓国文化を完全に認めたわけではない。 


早い話が、「韓流という広告のパラダイム」は、若者には通用しないのだ。


良く考えれば酷い話だが、「ビルボード上の曲」が、大した広告もなしに英語のままでも売れに売れるのに対し、「KPOP」は過剰なほどの広告に加え、さらに日本語が完全でないと土俵にも立てない・・・ これは一体、どういう事だろうか。

韓流に染まった大人たちは、「若者の米国崇拝だよ」と、簡単に切り捨てるだろが、



今の若者は米国など崇拝していない。 



これは米国文化が日本社会、そして日本人に対してインストール済みだからだろう。 インストールされた「常識」や「ルール」等、人間が生きる上でのあらゆる判断材料や価値観・・・。 何の疑いもなく我々は欧米OSで動いている。 そして、それ以外は今も尚、「非対応」のままなのだ。

若者が心の奥底で「韓国を認める事が出来ない」のは、日本が大昔に韓国文化・・・いや、東アジア「文化OS」の停止ボタンを押したことにより、「非対応」のままなっているからだろ。

「非対応」という怪しい世界の中、これまで大人たちから「東アジア差別論」というものを伝え聞いてきた。 さらに悲惨なことに、各メディアがアップデートし続ける「欧米OS」は常に「東アジアOS」とコンフリクトを起こす仕組みになっている。 アジア時代を迎えようとしている現在、日本の若者の前に立ちふさがるエラー連発の障害。

これらの障害は、決して若い世代が望んだものではない。 悲しいことに、若い世代の嫌韓も根本は「非対応エラー」という「拒絶」じゃないか。

韓国主導で韓流なんかが行われる以前に、日本は韓国や中国を正規インストールするべきだったのだ。 そうしていれば、排他的な大人が韓流に寝返るというクソ恥ずかしい姿を見ることもなかっただろうし、最初からもっと自然な心で韓国を眺めることが出来たのではないか?

能動的に「東アジア ヤミOS」をインストールするしかないこの社会は腐ってないか?  そして、差別を助長しながら、急に手のひらを返した「ファックな世代」に足を引っ張られ続ける現代・・・。 クソッタレな世の中に、現れた純真の妖精がKARAだったと思おう。

国際広告の戦略では、情報流通のボーダレス化が進むにつれ、国籍ではなく、「世代というセグメント」の中で、価値観は十分に共有できると分析されている。

僕の経験上、この分析は非常に正しいと思うのだ。 我々若い世代は、第一次韓流というアヘンに毒されたような情けない世代とは精神的に決別し、韓国や中国の若者たちと感性で手を結んだ方が、未来に向かってリアルな一歩を踏み出せるのではないだろうかと真剣に考えるのである。

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